→伝説のオカマ」論争考

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・はじめに
「分断」発言が意味するもの
「おかま」と「ぼく」の間
「いちばん傷つく人」
「当事者」とは誰か
尊敬すべき先達
自分の人生
アンチ・ヘテロセクシズム

「抗議」が議論と出会うとき

「伝説のオカマ」論争を「あす」に活かす

はじめに

あの「論争」とは、いったいなんだったのか。どこに向かおうとしていたのか。すでに終息を迎えたのか。そもそも、「論争」 と言えるようなものは成立したのであろうか。

「論争」は、「伝説のオカマ」(及川健二、『週刊金曜日』2001年6月15日号)を読んで「傷ついた」とする伊藤悟・すこたん企画が 編集部に「抗議」したことから始まった、はずだった。 彼らの「抗議」の仕方と内容、および(すこたんサイドに立った)『週刊金曜日』8月24日号「性と人権」特集とに対して、すこたん企画以外の「当事者」たちからさまざまな異議や反発が噴き出して、 さまざまな場で議論が闘わされてきたのだから。
だが、それら異論に対してすこたん企画の側から反論が提出されたという話を、ぼくは聞かない。9月30日には伏見憲明さんの呼びかけによるシンポジウムももたれたが、 直接に議論が交わせるせっかくのチャンスであったにもかかわらず、出席を求められたすこたん企画のメンバーは欠席をしている。残念なことである。

これまでにも、ぼくは伊藤悟・すこたん企画の主張・言動に対しては少なからぬ違和感を抱いてきたが、「あとから活動を始めて がんばっているのだから、温かく見守ろう」 「先輩風を吹かせたくはない」と思って、差し出がましいことは言わないできたつもりである。「個人攻撃」をしていると誤解されたくないとも考えて、名指しの批判も避けてきた。
だが、今回の問題の経緯を見るにつけ、言うべきこと を言わないでいたツケがここに回って来たとの想いを深くする。独り伊藤悟・すこたん企画に限らず、一部のゲイにも共通して見られる問題性が露呈したようにも思う。 そこで、この機会に詳しく論じておきたい。

→「伝説のオカマ」論争考