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「にゅうす」のあんこ

ここでは「OGCにゅうす」の本文、中身からいくつかの文章を掲載する。
中身だから「あんこ」。が、しかし、甘いとは限らない。
塩味のも唐辛子味のもある、かもしれないので、お気をつけて。

渡辺作品2
©Akiko WATANABE

筋違いの人(2008年10月25日号)

「好奇心」の効用(2008年10月25日号)

「学力」と知性(2008年9月27日号)

若草の「みのり」(2008年8月30日号)

誰が誰を裁くのか(2008年7月27日号)

「在野」の眼力(2008年6月29日号)

「民主主義」は茶番劇か(2008年5月24日号)

架けられなかった橋(2008年4月27日号)

「エリート」促成栽培の愚(2008年3月30日号)

「○○」と言うけれど(2008年1月27日号)

誰の、誰による、誰のための「ナショナル」(2007年12月23日号)

いつまで同じネタ振ってんだよ(2007年11月25日号)

首相の辞任、大統領の暗殺(2007年9月29日号)

「今まで生きてきてよかった」と彼は言った(2007年8月25日号)

いま、ここで、何を言ったらいいのやら・・・(2007年7月31日号)

孤立させられてゆく医師  置き去りにされる当事者(2007年6月23日号)

線路は続く、どこまでも(2007年5月27日号)

コウノトリは瓶の中・・・?(2007年4月28日号)

魑魅魍魎の世界(2007年3月25日号

「教育改革」、どこから手をつける?(2007年1月21日号)

歩くためのパレードを、歩く(2006年12月24日号)

北の大地で(2006年12月24日号)

越・クリスマス(2006年12月24日号)

追悼と、洗脳と――「あの戦争」とこれから(2006年8月27日号)

新庄剛志の「最後の夏」(2006年8月1日号)

サプライズな人(2006年6月25日号)

「新説」「珍説」徒然織(2006年5月28日号)

襟があろうと、なかろうと(2006年5月6日号)

「差別表現」と「あ・い・う・え・お」(2006年5月6日号)

また観たくなる映画(2006年3月26日号)

鉄砲とチンポコと天皇制(2006年1月29日号)

「ヨイトマケの唄」を聴く(2005年11月26日号)

目くらましされちゃ、あきまへん(2005年10月29日号)

脱「政治」、反「政治」(2005年8月31日号)

夏の思い出(2005年8月31日号)

「テロ」の裏、「国会」の裏、「新聞」の裏(2005年7月31日号)

アンタら、いつになったら引っこむの???(2005年6月25日号)

Y********の思い出(2005年5月27日号)

誰が「主権者」か(2005年1月30日号)

「変態」がモノ申すことの意味――2(2004年12月26日号)

「変態」がモノ申すことの意味(2004年11月27日号)

ずうずうしい者ども(2004年11月27日号)

落穂拾い ニ題――『薔薇族』、ブッシュ(2004年10月30日号)

信じること、疑うこと――新庄剛志、ブッシュ(2004年9月25日号)

硬直した日本の引きつった顔(2004年4月24日号)

とんでもない日本の、とんでもない事件たち(2004年2月29日号)

冥福を祈るまなざし(2003年5月24日号)

どいつもこいつも(2003年3月28日号)

サバイバーの闘い(2003年1月25日号)

「それのナニが問題か?」が問題だ――Hくんの死を悼む(2002年6月30日号)

ちょいと過激にジレンマ(2002年5月25日号)

肩をポン――翔びたつとき(2001年4月30日号)

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