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『薔薇族』編集長 伊藤文學殿

最近、友人より非常に驚くべき文章を見せられました。『薔薇族』1997年3月号の「編集室から」で貴殿が書かれた、あるHIV感染者についての文章です。貴殿がこの文を、 どのような目的で書かれたのかまったく理解できないばかりか、近来まれな差別文であると考えペンを執りました。疑問に思った点、問題であると考える点を以下述べますから、 貴殿の見解を承りたく思います。

1.後段で「”もし、HIVに感染してしまったら、みんなに感染させてやるんだ”と言っている人」についてふれておきながら、このような「やけくそになった」人と、 貴殿が前段でふれていた人とが、同一人物であるとも別人であるともこの文は明らかにしようとしないが、前後の文脈から読者が同一人物であるかのような印象を持ってしまう危険性は大きい。 なぜ、このような曖昧かつ思わせぶりな表現をするのか。

2.たとえ、この両者が同一人物であったとして、この一段を挿入した意図は何か。読者にただ恐怖感と感染者に対する偏見を植え付けるだけではないか。

3.九州出身の感染者と「デキてしまった」バーのマスターが、「あとで、その人が感染者だと知」って「びっくり仰天」したという話を真偽不明としておきながらも紹介したうえ、 「本当だとしたら大変なことだ」と貴殿はコメントするが、この意図は何か。また、何が「大変なこと」なのか。
「大変」なのは、自分の身を守るためにセーファー・セックスを励行することができなかった(らしい)マスターの自覚の不足ではないのか。 セーファー・セックスに努めていれば、 あとでびっくり仰天する必要もないはずであろう。
「HIV感染者/AIDS患者がセックスするなんてとんでもない」「PWAがバーやハッテン場に出入りするわけがない/ 出入りするなんてけしからん」という、非感染者/未感染者の被害者意識丸出しのエゴと、 自分の性行動をコントロールして自分を守ることができないことを棚に上げて他人を恨む甘えこそが、「大変」なことなのではないのか。

4.PWAだって恋愛もしたい、セックスもしたい。入院治療が必要なとき以外は、一般の人びとと同じような生活をする権利があるし、 そのことを保証できる社会を目指してAIDSに対する闘いは進められてきたはずである。貴殿の文章が示している方向性は、PWAのあぶり出しと隔離を企んだ「エイズ予防法」と同じものである。
いまだに、このような発想の人がゲイ雑誌の編集に携わっていたとは驚きだ。 エイズをめぐるさまざまな動きから、貴殿は何も学ばなかったのか。

5.この文ではこのHIV感染者の名は明かされていないが、多くの読者にとっては氏名明記も同然であろう。
つまり、この文章は全体として「彼」のプライバシーを侵害し、これからHIV感染者/ゲイとしてカム・アウトし社会運動を展開しようとしている「彼」のイメージ・ダウンを謀った文だということにほかならない。 極めて悪質な文章である。断じて許すことはできない。
猛省と心からなる謝罪を求める。

偶然、同じコーナーの冒頭で、貴殿は「『薔薇族』も世界の『薔薇族』になってしまった」と自画自賛をしておられます。それほどの影響力を自負しておられるのなら、 御自分の書かれる文章についてもっと神経をゆきとどかせていただきたい。『薔薇族』の動向が社会の中でどのように評価されていくのか、もっと慎重に見極めるべきです。
1985年の順天堂大学に協力した「無料抗体検査」の結果が「ゲイ=ハイ・リスク・グループ」のイメージ作りに悪用された件についても、 「そんなつもりはなかった」などとのん気に構えていられることではないはずです。たとえ「善意」から関わったことだとしても、 結果を悪用しようとする勢力に狙われる立場にいるという自覚が足らないという批判は免れません。

再び同じような過ちを繰り返されないよう切に願う次第です。

1997年3月10日
平野広朗、鬼塚哲郎、河村光雅

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