徒然硯

徒然日記――2006年5月(毎日書くとは限りません。念のため)

  

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2006年5月
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工事中:3月26日〜30日
工事中:4月20日〜28日

5月30日(火)

きょうもNaoからドライブをねだられたが、10時ごろまで保健室で話し込んでいて帰宅が遅くなったこともあって、そのままほっておく。少しじらせてやろう・・・。
そしたら、やっぱり、「待っとるのに・・・」と催促の電話がかかってきた。少々、おむずかりのご様子だ。「ええ・・・?もう、寝なさい」と渋ってみせたが、ウンとは言わない。 あしたは仕事が休みだから夜更かししても大丈夫、と食い下がってくる。
仕方なく家まで迎えに行ってやると、アパート外の道端でクラブの後輩に説教を垂れている真っ最中だった。 そう言えば、きょうは職員室で、生指に引っかかったのがいたと話してたっけ。
Naoとしたら、大事な試合の前に不祥事をしでかして連帯責任とかなんとか言われて出場を止められたらかなわん、 ということなのだろう。ずいぶん長いこと、こんこんと説教していた。12時近くまで(あすは、一緒にユニフォームを買いに行くらしい)。教師の説教より、効果あるかも・・・?
もちろん、ぼくは「連帯責任」などという発想には反対だし、ぼくの学校では、「連帯責任」の言いがかりをつけて出場させなかったケースはなかったと思う (単に、その生徒が謹慎させられたおかげで、選手が足りなくなって出られなかったということはある。 去年のNaoのケースみたいに)。「事件」に関係していない他人にまで責任を及ぼすのは筋違いだ。
きょうも「ここ 」といった希望はないようなので、 当てもなく走り続けて難波辺りの安いうどん屋に入る。「うどん100円」という看板に惹かれたのだ。節約できるだけでなく、本場の讃岐ではおいしいうどんが80円とか100円で食べられるので、 ここもひょっとして・・・という期待があったからだが、讃岐うどんとは「麺の腰」がだいぶ違ったものの、安いわりにはまずまずの味だった。

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5月29日(月)

まさくんのところから帰って来てから英訳のチェックをして(今回は、念のために辞書で調べ直しも)、朝の8時過ぎに、OKの返事を返す。
ぼくのすべきことはこれでおしまい。後は仕上がりを待つだけ、かな?

きょうの教育相談係のミーティングは、教頭を交えてその後の経過について報告を聞く。まずは子どもセンターが動いてくれることになったようだ。
学校側の対応について、再度、打ち合わせる。

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5月28日(日)

「OGCにゅうす」の原稿。裏表紙の半分までを書き上げたところで、一旦寝る。6時過ぎから11時ごろまで寝て、最後の半ページを書き継ぐ。テーマが見つからないまま昨日の夕方から書き始めたわりには、 いつもの定番、手書き8ページ立ての「にゅうす」が出来上がった。
ところが、肝腎の印刷作業で大失敗。表紙の裏に、また表紙を刷ってしまったのだ。紙折り機で二つ折りにしようとして、やっと、 気づく始末だ。裏返しても裏返しても表が出てきて、ビックリした。もう一度表紙の裏表を刷るには、持ってきた紙が足りない。中身の一枚分だけ正しく刷り上げて、きょうのところは御開きにするしかない。 このまま持ち帰って、あとは学校で刷ることにしよう。
偶然、車で来ていてよかった。はじめは、今月は映画のチラシが届かずじまいで荷物が少ないので電車で来ようと思ったのだが、 きょうも自転車の空気が抜けていたから車にしたのだ。きょうは熱田さんが来られなくて河村くんと二人だけだったから、作業量が少なくて済んでよかった、のかも。 チラシなしで同封作業が短くて済むと思っていたが、それ以上に手間が省けた勘定だ。

帰り途中に古本屋に寄ったが、ほしい本はなし。天王寺駅を南に下がったところにあるという和菓子屋を探し出して入ってみる。 「京のお菓子味見録」という和菓子食べ比べのホームページで紹介されていて、前から気になっていた店なのだ。阿倍王子神社の前辺りにあるというので、阿倍野筋を車で走るときは、 いつもキョロキョロしていたのだった。きょうは、夜、まさくんとこで新茶を楽しもうということにしているから、和菓子を持って行こうと思ったのだ。
昼間走ったせいか、 きょうはちゃんと見つかった。亀屋茂廣とある。京都の有名な亀屋○○から暖簾分けした店なのだろうか?だとしたら、相当期待できる。見たところ、街中の駄菓子屋ほどの気取らない、 ちょっと雑然とした感じの店構えだ。
入って見ると、その感じはさらに強まって、大丈夫かいな?と思うくらいに気取らない。ショーウィンドーも中身は「和菓子」だが、 その並べ方は駄菓子屋のそれだ。
桜餅、わらび餅を一つずつ、季節の和菓子を二つ、和三盆の干菓子を四つ買う。
驚いたことに、「桜餅とわらび餅は、ちょっと待っとっとくんなはれ」 とおじさんが言ったかと思うと、鍵を持って外に出て行ってしまった。近くに倉庫でもあるのか?それとも、職人のいる作業所があるのか?不思議な店だ。でも、 和菓子屋としてはかなり安いのが、庶民的でいい。
夜、まさくんと一緒に食べるのが楽しみだ。

帰宅してすぐ、自転車屋に行く。前に一度パンクかどうか見てもらって、工賃300円を取られるだけ取られて「異常なし」だったのに、またしてもだらしなく空気が抜けてきたから、 きょうはタイヤを交換してもらうことにする。だいぶ磨り減っていて、交換時ではあったのだ。この間の店員が商売気を出して「換えた方がよろしいで」と言ってくれてたら、 イザというときに役に立たないなんてことにはならなかったはずだ。
一番近所にあるこの自転車屋は、何人かが共同でやっているのか、若い男の子やらおじさんやら、日替わり(?)で店員が代わる。 男の子がいることを期待して行ってみたら、きょうは女の子がいてビックリした。きょうは、こちらから「タイヤ交換」を言い出して換えてもらう(やっぱり、 向こうから「換えときなはれ」とは言わない。良心的?だ)。
テキパキと作業をした後で、ちゃんとハンドルのがたつきを発見して、それも直してくれた。えらい ハンドルの取り付け部分がこんな風に外れるなんて、初めて知った。20年近く乗って来たから、そろそろダメかな?と思っていたのだが、こうして直してもらったら、また「元気」になった。
直しながら「めっちゃ、カッコいい自転車ですね」と言ってくれたのも、嬉しい。前の店員もそう言ってたから、生徒たちはぼくの自転車をあれこれからかってくるが、本職が言うんだから、 やっぱり「カッコいい自転車」なのだ。

東京でのオーディションを終わって帰堺するまさくんを待って、新茶賞味会を開く。
難波で電車に乗る前に連絡をもらって、10時過ぎに堺東駅前ロータリーに迎えに行く。 が、10時を大分過ぎても現れないからどうしたんだろうと心配していると、一旦マンションに帰って両親の荷作り作業の進行状況をチェックしてきたようで、改札口からでなくマンションの方から現れた。 彼が東京に行っている間、家族が片付け作業をしてくれていたのだ。例によって例のごとく、あれやこれやもめて作業が難航しているということで、「まだ、両親が残ってますよ」。
「面白いから、どんな風なのか、そっと覗いてみよう」とぼくが言い出して、マンションの下に車を停めて両親が外に出てくるのをじっと待つ。が・・・。いつまで経っても出てこない。 弟が車でやって来て、何やら小さな荷物を受け取って実家に帰って行ったが、ご両親は、それからさらに数十分出てこなかった。「きっと、また、何かもめてますよ。見てきます」 と部屋に上がったまさくんを待って、また十数分。やっと出てきた。
お父さん、お母さんは自転車で実家からやって来ていて、その様子は、 ぼくの家族が自転車4台を連ねて買い物に出かけていたころの光景を思い出させる。こうして車の中から覗いているのも、スパイをしているような気分でなかなか楽しい。
やっと二人だけになって、新茶を賞味する。が・・・。またしてもミスをしていた。田原陶兵衛さんの急須と湯呑み2客のセットを持ってきたつもりだったのに、 (先々代?)陶兵衛さんの湯呑み6客揃いを持って来てしまったのだ。どうもきょうはミスが多い。急須がなくては、お茶は飲めない。
仕方なしに、まさくん邸用に置いておいた(ちょっと庶民的な)萩の茶器を使う。
しかも、引越しの荷物の中にガスコンロをしまいこんでいて、 お湯を沸かすのにまた出さなければいけないということにもなった。新茶を楽しむにも、あれこれ四苦八苦。
それでもなんとかお湯を沸かして新茶を淹れる。が・・・。 期待したほどの味にならなかった。水のせいか、お湯の沸かし方のせいか、湯の注ぎ方・湯呑みに注ぐタイミングの問題か。期待していただけに、ちょっとガッカリ。
その代わり、亀屋茂廣のお菓子は素朴な中に上品な味わいがあって、大満足する。こんな上品過ぎずにほっこりとした味わいを演出できる和菓子は、初めてだ。 和三盆の干菓子も、舌の上で上品にすっと溶けていくのだが、一番下にはザラメみたいなカリカリとした歯ざわりを残していて、そのバランスも絶妙。
まさくんまさくんで、 浅草名物の舟和の芋羊羹を買って来てくれた。こちらも、本当に芋だけで作ってあるのかというくらいに素朴な味だ(ちょっと、ぱさついていたが。使った芋の水分の度合いか)。 「芋だけですね。作るの簡単」と言いながら、でも、きっと、何か秘伝があるに違いないとも思う。
オーディションの様子を面白おかしく聞きながら、久しぶりにゆったりと寛いでいたが、 気が付けば午前3時を回っていた。まさくんマンション最後のイヴェント、名残りは惜しいがお暇する。置きっぱなしにしておいた陶兵衛さんの番茶器揃いを持ち帰る。
帰宅して、半分以上朦朧とした頭で英訳原稿の最終チェック。

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5月27日(土)

英訳本収録原稿の「最終訳」が届く。出版社が版組みした段階のものだ。やっと、ここまで漕ぎつけた。ぼくが「返答」を返すのをもっと早くしておけば、 いまごろは出版できてたかもしれないんだけど。
大急ぎでざっと読んでみたが、OKの返答を返すのは、もう一回、きちんとチェックしてみてから。

あしたの「OGCにゅうす」印刷作業に備えて原稿を書かなきゃ、と思いつつ、夕方になってしまう。5時を回ってから、やっと書き始める。と言っても、これといったテーマを思いつかないままだ。
とりあえず、ウサマ・ビンラーディンが「9.11は私が指示しました」と言ったとかいう記事が産経新聞に載ったから、「これは、怪しいぞ」という話から書き始める。 筆がどこに進んで行くかわかったものではないけれど、まあ、なるようになるだろう。

原稿書きで忙しいのに、Naoからドライブおねだり電話がかかってくる。「相談したいことがあんねん。まず、親友に話を聞いてもらうから、後で来てや」と言う。
11時に待ち合わせ場所に行ってみると、 きょうは久しぶりにうどんが食べたいと言うので、「うどん道場」に行く。ほかに思い当たるうどん屋がないのだ。
途中、「彼女に振られた」と言い出す。ああ、これを相談したかったのね。 (破局は)予想していたことだけれど、ちょっと予想より早かった。夏か秋ごろになるだろうと思っていたのだ。
彼女からは、「疲れた」と言われたんだという。 留学が始まった当初、言葉もわからないし不安だと言って来たようで、きっと、Naoは毎日のように「大丈夫か?」と心配メールを送ってたんだろう。
だが、そんな不安も最初のうちだけのことで、おそらく、すぐに慣れてカナダ生活を楽しんでいたに違いない。Naoの方はそんな彼女の「成長」を察知できないまま、心配してやることが男の勤め、 みたいに思っていたのではないか?その辺りのギャップが、彼女を疲れさせたのだろう。中学校時代、兄妹(姉弟)のように仲がよかったらしいのだが、「元の関係に戻りたい」と言って来たんだという。
心配メールを送り続けて彼女を守ってやっているような気になっているが、じつは、そうすることで彼女に甘えたかっただろうとは思ったが、それは黙っていた。いつか、自分で気が付けたらいいんだけど。
ところが、「メール一本で『別れよう』と言われても納得できん。カナダに行く」とNaoが言い出して、ぼくはビックリ仰天、笑うしかない。彼の気持ちは気持ちとしてわからないこともないが、 カナダまで行ったところで、さらに敬遠されるであろうことは目に見えている。それ以上に、ぼくとしてはとっても心配だ。
「うん。カナダに行きたいという気持ちはいいと思うよ。でも、・・・」と、 ぼくは思い止まるように説得するというか、あれこれ不安材料を並べ立てて考え直させようと画策する。「カナダまでいくらかかるか、知っとるか?パスポート取るのも、最近は高くなっとるらしいし。 それに、アンタみたいな方向音痴が外国行ったら、迷うに決まっとるやん。絶対、日本に帰って来られへんで」と脅しまくったうえに、さらに輪をかけて「外人のオッサンには日本人の男の子はもてるから、 気ィつけんと、売り飛ばされるで」とまで脅しをかける。
まあ、それでも「行く」と言い張っていたが、現実的には彼の稼ぎでは無理だろう。時間が経てば気持ちが落ち着いてきて、 話も立ち消えになるだろうと、そればかりを祈る。
ぼくがあまりに「不安やわ」を連発したもんだから、とうとう、Naoは「『ペアチケット』で行こうや」と言い出した。 「一緒に行こうと言うなら、チケットを差し出して『よろしくお願いします』ちゅうもんやで」と突っ込みを入れると、「オレのチケットをコピーしようや」と言う。 「ダメ、ダメ。航空券にはフルネームが入っとるし、年齢も書いてある。『どう見ても、16歳には見えませんなあ』て言われるわ」と大笑い。
さて、どうなりますことやら。
きょうは、二人とも「一番安いうどん」を頼む。きょうもNaoは、車中でよく寝た。

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5月26日(金)

テレマン協会のマンスリー・コンサートに行く前に、お茶屋さんに寄る。家用のお茶300gと学校用のお茶100g、新茶100gと一週間前から切らしていた抹茶40gを買う。
新茶は予約だけで完売状態だったようだが、たまたま、いつも予約してくれていた人が亡くなって、残り物があったんだという。ラッキー。

きょうのマンスリー・コンサートは、初めてのことだと思うが、弦楽四重奏の夕べという企画だ。オーケストラのメンバーが四重奏団を結成するというのはヨーロッパでは当たり前のことだが、 日本のオケではあまり聞かない。テレマンがそれをやってくれるかと思うと、嬉しい。
稲庭達くんが大阪フィルのコンサートマスターに就任した直後くらいに(1980年代始め)、 ぼくは「稲庭弦楽四重奏団はいつ結成されるんでしょうか?」というファンレターを(大フィル事務局に)送ったことがあるが、結局、実現しないまま、 稲庭くんはコンマスを退いてしまった。78年か79年に初めて彼の演奏を聴いたときから、彼の音はクァルテットに向いていると思っていたぼくとしては、非常に残念な思いがしたものだ。
「テレマン四重奏団」はテレマンのメンバー3人に、最近ちょくちょく客演している寺西一巳さんが第一ヴァイオリンとして加わるという構成だ。きょうは早めに会場に着けたので、一番前の列、 中山くんの真正面に席を取る。
プログラムは3曲。一曲目のモーツアルトのディベルティメントでは、寺西さんとテレマン固有の3人とで音色にかなりの差があって首をひねった、というか、 それはそれで面白い「発見」をする。3人の楽器の色が濃い赤茶色なのに対して寺西さんのは明るい薄茶色というか飴色で、色の違いがそのまま音色の違いに出ていたのだ。 寺西さんの飴色楽器は、長年弾き込んできてよく熟しているといった感じの音。3人のはくぐもったような音で、まだ熟していないように聴こえる。
まあ、3対1で音色が割れてしまっていては、 四重奏団の統一性という点から言ったらまずいのだろうが、楽器の色(木の乾燥具合?ニスの違い?)と音色の相関性という点ではすこぶる興味深い。
ところが、モーツアルトでは不満に感じられた音色の差だったが、ベートーヴェンが始まった途端に、そんなことなどまったく気にならなくなったのには驚いた。 最初の一小節からして「いかにもベートーヴェン」という、それまでの音楽史をガラリと書き換えるほどの「革命的な音」が流れ出してきて、ピリリと身が引き締まるような衝撃を感じた。
ベートーヴェン最初の四重奏(書き上げたのは2番目らしいのだが)を生で聴くのは初めてのことだが、「やっぱり、弦楽四重奏曲はベートーヴェン」との想いを新たにする。 いままで聴いてきたテレマン協会のコンサートの中で、一番感動したと言ってもいい。休憩後のブラームスでは、やはり、四重奏団としての成熟度が足りないというか、 ブラームスの渋さが出て来ない不満も感じたが、このベートーヴェンは若書きの曲だけに、この四重奏団の「若い音」がマッチしていたのかもしれない。
彼らが四重奏の活動を続けていけば、 これから30年は弾き続けることが出来るわけだから、十分に熟してゆけるだけの時間が保証されていることになる。日本には現役の四重奏団が少ないだけに、今後の活躍に期待しておこう。

コンサートから帰って一息ついていると、Naoから電話がかかってくる。「また鶏肉と大根を煮たから、(味見しに)取りに来て」と言うのだ。 「忙しいから(「OGCにゅうす」の原稿を書かなきゃ)、取りに行くだけやで」と念を押して、Naoの家に向かう。
と、「ハンサムが来とるから、見においでや」と言う。 玄関口から覗いてみると、「お客さん」が上がりがまちに腰を掛けてNaoの兄貴と話し込んでいる。兄貴の連れで、彼らの家の「常連」だというイケ面だが、 いつもこんなところで腰掛けて話をしているんだろうか?確かに狭い家だから、「上がって・・・」というようなスペースがあるわけではない(ぼくの家も、 がらくた荷物で一杯になってしまって、お客さんの座る場所がなくなっているから、人のことを言えた義理ではないが)。
奥の部屋からお母ちゃんが顔を出して、 お客の常連くんと「足指じゃんけん」。おもろいオカンだ。
大根と鶏肉の煮物のパックを受け取って、外に出る。
この間のは、出来上がってからぼくが受け取るまでに日が経ってしまって味が濃くなりすぎていたから、 きょうは、帰ってすぐに食べてみる。鶏肉の味はいい感じだ。大根は、やはり、少し醤油辛いか?この間のは、唐辛子がピリッと利いていていい感じだったが、きょうのはちょっと控えめだ。
ぼくは大根を煮るのに唐辛子を入れたことがなかったので、これはこれでなかなかいいなと今度も楽しみにしていたのだけれど、もう少しピリッとしててもよかったかも。

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5月25日(木)

ヤフーのオークションでゲットした、新庄くんのサイン入り写真を取りに行く。某スポーツカメラマンが選手本人に書いてもらったのを持ち込んでくるというリサイクルショップの出品物で、 今回の戦利品は、少年野球のユニフォームを着込んだ子どもと一緒に写っている微笑ましい写真だ。去年の交流戦のときに書いてもらったものだという。
久しぶりに来てみたら、 野球グッズ以外のリサイクルものがずいぶん増えていた。まあ、ぼくの趣味には合わない物ばかりだったけど。野球選手のサインボールとかサインバットだけでは、商売にならないんだろうな。

生徒会主催のボウリング大会(きょうは1年だけ)。ぼくは最寄り駅の改札口に立って、列車を降りてくる生徒たちにボウリング場までの道を指示する係だ。 ゲーム開始直前までの40分間くらい立っていたが、駅に降り立った生徒は思ったより少なかった。肩透かしといった感じだ。
ゲーム開始10分前くらいに駅を出て、 最後の生徒たちの後を追ってボウリング場に向かう。中では生徒会役員の2年生、3年生数人とおしゃべりしながら、全体の様子を眺める。Naoは副会長をしているから彼も来ていたが、 ぼくのところにはあまり寄り付かずに、場内を行ったり来たりして仕事(?)をしてたみたい。
今年の1年生は、いままでの生徒に比べるとずっと真面目にゲームを楽しんでいたようだ。 毎年、ふざけてボウルを放るヤツが何人かいるのだが、今年はそんなのは見かけない。まあ、「ワル連中」が来てなかったということもあるかもしれないが、 今年の子らは意外と「やるときはやる」のかもしれない。
「終わったらドライブ行こうや」とNaoが言って来たが、「きょうは彼氏のところに行くから、ダメだよ」と断わると、 大人しく引き下がる。

一旦、家に帰り着いてからまさくんと連絡を取り合って、会食&久しぶりのマンション訪問。この間撮影した履歴書用の写真を渡すのと、 オークションでゲットしたDVD(DVD-R)がぼくのコンピュータでは再生できないので、まさくんのPCでは動くかどうか試させてもらうというのが、きょうの用件だ。
いつものパスタ屋さんで夕食を摂った後、マンションに向かう。散らかってるから・・・という理由で長いこと入れてもらえなかったので、中に入るのは一年以上ぶりのことか?
ただ、やっとのことで入れてもらえたのに、仕事を辞めたために家賃が払えなくなってマンションを引き払ってしまうことになったから、もう、ここでゆっくり寛ぐという楽しみは味わえない。 せっかく、オークションで家具をあれこれかき集めたのに、しばらくの間は倉庫に眠らせておくしかないのが残念だ。ぼくの家より、ずっと寛げるいい空間だったのに。
そこで、肝腎のDVD-R。予想通り、まさくんのPCでは難なく作動して、最後まで見ることができた。ぼくのPCでも始めのうちは動いたのだが、一度途中で止まってしまってからは、 PowerDVDでもMedia PlayerでもWinDVDでも、うんともすんとも言わないようになってしまったのだ。コンピュータとの相性の問題だろうと思っていたが、やっぱり、そうらしい。
DVDの内容は、ハードSMのヴィデオで「1週間監禁」というのを経験したモデルくんに、撮影後一ヵ月経ったところでインタヴューしてみたというもの。激しいトラウマに囚われて、 精神に異常を来たすのではないかと思われるほどのハードな監禁プレイを課された彼が、「S」に再会してどんな受け答えをするんだろうという興味からゲットしてみたのだが、 意外と元気そうな顔つきでいるのに驚いた。タフというのか、壮絶SM体験をも笑い飛ばしてしまう「軽さ」をもっているというのか。いくら一月を経ているとは言え、ちょっとビックリだ。 近頃の若い子はこんなものなのか?
まさくんにも状況の説明をしつつ、一緒に画面に見入る。
30分くらいのDVDを見終わった後は、 大萩康司くんと趙静さんがデュエットを組んだコンサートのライブDVDを、ちょっとだけ見せてあげる。最近のぼくのお気に入りDVDだが、まさくんも気に入ったみたい。
引越しの準備のために実家に帰るというから、車で送って行く。細い道を実家のすぐ近くまで入り込んで、玄関横で下ろす(まん前までは行けず)。 車の幅ギリギリくらいの狭い道で、ちょっと驚く。道案内なしでは、二度とは来られそうにない。

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5月24日(水)

試写会のために家を出ようとすると、自転車の空気が抜けている。パンクなのか虫ゴムがダメになったのか、タイヤそのものが古くなって全体から抜けているのか。自転車に乗れないとなると、 試写会には間に合わない。最近はサボってばかりだが、きょうもダメだ。
とりあえず空気を入れて自転車屋に走ったが、きょうは定休日だった。間が悪いとはこのことだ。 急にテンションが下がる。

『部落解放』の初校がFAXされて来た。印刷屋の間違いはなかったが、原稿に大きな間違いがあったことを編集者から指摘される。新庄くんがタイガースに戻らなかったことについて、 ぼくは「誰も褒めないからぼくが褒めるが、元大リーガーで『古巣』に戻らなかったのは新庄剛志ただ一人である」と書いたのだったが、新庄くんだけではない、というのだ。
担当編集が調べてくれたのによると、伊良部秀輝、野村貴仁、吉井理人、木田優夫、小関竜也、デニー友利などが「古巣」に戻ってないという。ええ??・・・そう言えば、 確かに伊良部はタイガースに入ったんだった。しまった。
木田の一回目の「出戻り」はオリックス→MBL→オリックスなので正しいし、ヤクルト→MBL→オリックスの吉井も、 元々は近鉄で仰木監督の所にいたのだから、広い意味では「古巣」と言えないこともない。だが、全体としてみたら、確かに間違いだ。大魔神佐々木とか小宮山、高津、 石井一久のことばかりが印象に残っていて、勘違いの皮肉を書いてしまった。このまま雑誌が出てしまわなくてよかった・・・。それこそ、「贔屓の引き倒し」になるところだった (新庄くんのファンサイトには、書いちゃった後だけど。冷や汗)。
仕方なく訂正したが、元の原稿の方がカッコよくて好きだったのにな。残念。

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5月22日(月)

中間テスト、初日。
きょうの教育相談係のミーティングは、始めのうちこそ気楽な雑談をしていたものの、途中からは一転して、 危機的状況にある生徒に対してどんな対応ができるかという真剣な話になった。ぼくの学校では初めてのことになるが、 スクールカウンセラーからアドヴァイスを受けながら外部機関と連携を取り合って見守っていこうという方向で、テスト終了後に再度集まって、校長・教頭も交えた話し合いをもつ。
学校にできることは限られているとしても、こういう態勢を作っていくことが重要になるのだろう。

Naoから電話が入って、ドライブに出かける。いつものように、「うどん道場」とコンビニ。きょうもNaoはよく寝ていた。

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5月21日(日)

きょうも一日ダラダラとしてしまう。結局、久々の忠亮くんもパスして、昼間もちょくちょく横になる。寝たのが朝の6時半過ぎだったから、眠い、眠い。
夕方になってから、コーナンに出かけて壁掛け扇風機を買ってくる。いままで扇風機を置いていた場所がバカでっかい空気清浄機に取られてしまったので、それなら、 壁に取り付けてやろうと思いついたのだ。リモコンつきので2980円。安い、安い。
「壁掛け」とは言っても、ぼくの家の壁は土壁なので木ネジで止めるわけにはいかないから、 取付け金具を柱に付けて扇風機を固定する。いままでやつがリモコンの調子が悪くなっていて、買い替えようかと思っていたところだったので、ちょうどいい。快適、快適。

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5月20日(土)

善竹忠亮《ぜんちくただあき》くんの出る狂言会が兵庫県立芸術文化センター(西宮)であるというので、 久しぶりに忠亮くんのお顔を見に行きたいなと思いはしたものの、あいにくの雨だし、めちゃくちゃ眠たかったこともあってパスしてしまった。 きょうのはお父さんが主宰する「志芸の会」の例会だから、狂言だけの会だ。存分に忠亮くんが楽しめたのに・・・。
家からほとんど出ずに、溜まりに溜まった「日記」の更新準備をする。 書き残していた6日、7日、8日の分を書き終わって、日付が変わったころにアップする。4月下旬、3月下旬の分はいつになったら書き終わることやら・・・。
ところで、夜遅くになって、忠亮くんの狂言会はあしただったことに気が付いた。よかった。あすは、ちゃんと起きて行こう・・・かな?

お気に入り卒業生から久しぶりに電話がかかってくる。空気清浄機のことかな?と思えば、それもそうだったろうが、今度の日曜日(28日)に「水と空気」 (環境問題)に関する講演会があるから一緒に行こうや、というお誘いの電話だった。お誘い、というか、自分の車がその日は使えないから、「乗せてってや」ということらしい。
「え?アムウェイの宣伝とちゃうん?それに、その日はミニコミの発送作業が入るかもしれんし・・・」とはぐらかす。「おもろいから、行こうや。今度はオレが飯おごったるがな」 「はいはい。どうせ、松屋のカレーやろ?」「地球のためになること考えようや」「『地球のため』というなら、人間が消えなきゃ」
河村くんたちの都合にもよりけりだが、 作業日が28日になれば口実ができていいな、と思いながら、打ち合わせメールを送る。

まさくんのオーディション。日にちが変更になったらしい。28日に声優のオーディションをするので、その日に、ということになったという。

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5月19日(金)

校長から「自己評価・育成システム」の説明を受ける。今年度の評価が昇給具合に反映されることになったので、その点を話しておきたかったのだろう。
年度末に、本人が出した「評価」を教頭、校長から見た「評価」によって修正(?)することで、最終の「評価」を出すことになる。本人が控えめに出してきた場合でも、 校長から見てもっと高く評価できると判断されれば上げるし、逆の場合もある。本人の言う通りにしか「評価」できない校長では、管理職としての能力がないことになる―― という校長の話は「正論」ではあるけれど、それは「評価・育成システム」を認めたうえでの話であって、そんなもので「教育の成果」が評価できるわけがないという立場に立てば、 机上の空論に過ぎないことになる。が、きょうのところは、彼なりのシステム「論」を聞くに留めておく。
普段接している中でつかんだそれぞれの教員の持ち味と、 システムの線上でどう「評価」するかとは別だ、というのも「正論」ではあるけれど、システムの上に現れてこないものこそ本当の教育だ、 という話にはならないところが不思議だ。管理職のピラミッドに乗っかってしまうと、物事を見る目が曇ってくるということなのだろう。こうして、堕落していくのだ。かわいそうに。

中間テスト前の最後の授業。1年一クラスだが、このクラスは前の授業でテスト範囲まで済んでいたので、漢字のプリントを配って書き取り勉強をしてもらう。
いつもはぼくが前に立って説明していくことが多いので話しかけてくる生徒も少ないが、きょうは手を動かしながらしゃべることも可能だというわけで、次々といろんなことを聞いてきた。 このクラスは大人しいなと思っていたけれど、しゃべるチャンスがなかっただけのようだ。
「定番」の後ろの三つ編みについての質問から始まって、ぼくの年齢、結婚してるのかしてないのか、 「彼女は?」なんて質問も出てきて、この子らはぼくがゲイだという情報をまだ掴んでないらしいと驚く。もう、5月も半ばなのに・・・。でも、この和やかな雰囲気は、悪くない。
こうした生徒とのやり取りを、「評価・育成システム」はどう「評価」するのだろう?きょうの話ではそれほどたいしたことも出てこなかったが、こんな「雑談」から、 ひょっこり何かが生まれ出ることだってある。その瞬間に校長が立ち会うとは限らない(というか、たいていはチャンスを逃す)わけだから、いくら校内巡回をしようと (校長が校内を巡回すること自体は悪いことではないとして)、何ほどのことがわかるというのか。

夜の10時過ぎから、2日遅れのまさくんバースデー・パーティー。
彼お気に入りのパスタ屋さんに入って行くと、宅配便で送っておいたプレゼントの箱を横の椅子に置いて待っていてくれた。 メールにあったように、封を開けずにそのままにしてある。マンションが近いとは言え、かなりの重さのはずだ。マンションで一緒に開けたら楽チンなのに・・・。
今夜はマスターが特別にいろんな料理を考えていてくれるそうで、「特別コース」のスペシャル版みたいなことになるらしい。 まさくんも何が出てくるか想像しながらも予想外の物が出てきたりしたみたいで、一皿一皿、ええ・・・?と驚きながら、いただく。 オーディション用の写真を撮ってほしいと言われてデジカメを持って来ていたので、料理のすべてではないけれど、特にビックリした料理は写真に撮る (全部を撮らなかったのは食べるのに熱中して忘れてたこともあるが、このデジカメはすぐに電池が消耗してしまうので、節約したのだ。この間電池を代えたばかりなのに、 何枚も撮らないうちに、もう切れていた)。
オーディションは書類審査が通って20日に来てくれということになったそうで、「あしたですよ」と言われてビックリ。 ぼんやり、まだ先のことかと思いながら話を聞いていたのだ。だが、「ネットで調べたら東京まで2時間10分」と言うのを聞いて、今度はすばやく反応。 「東京まで2時間10分じゃ行けないよ。のぞみだけでも2時間40分かかるもん。飛行機で行くの?」と教えてあげる。たまたま所要時間のことが話題に上ってよかった。 どこにそんな「情報」が載っていたのか知らないが、そのまま逆算してのんびり出発していたら遅刻してしまって、無駄足を運ぶところだった。
料理が一通り済んだところで、 「特製バースデー・ケーキ」に花火が突き刺されて出て来た。そろそろ二人ともお腹一杯になっていたころだが、ぼくはお菓子用にはちゃんと別腹があるので、ペロリと平らげる。 それほど大きなケーキではないものの、いつもたくさん食べるまさくんでもちょいとしんどかったみたい(でも、平らげたけど)。 全体を覆っているクリームも中のスポンジケーキも、甘さ抑え目で上品。それでいて、味わいに物足りないところがない。じつに絶妙だ。
「31 まさくん Happy Birthday」という文字が書かれていたが、 ふだんお店の人は別の呼び方をしているから、「まさくん」という文字はまさくんが指定したものか?
ケーキを食べ終わったところで、いよいよ、バースデー・プレゼントを開ける (と言っても、綺麗にラッピングしてあるわけではなく、宅配用のダンボール箱に入っているだけだが)。『世界の戦場から』12冊。 広河隆一が編集者となって、フリーのカメラマンたちが戦争状態にある地域の人びとを撮ってきた写真とルポを集めたシリーズ物だ(らしい。 ぼくが実物を見るのは初めて)。おいしいケーキの後で、苦くて重い「プレゼント」。まさくんからの要望がなかったら、ぼくなんか、思いつきもしなかったろう。
アメリカから垂れ流される「御用写真」ばかりを見慣れている日本人も、少しはこういう物に目を向けたら、ブッシュや小泉の言いなりになってちゃいけないということがわかるのに。
楽しく時間を過ごして、店を出たのは3時を回っていたか。車をマンションの玄関に横付けにして、写真集の箱を渡して「おやすみ」。

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5月18日(木)

いよいよファイターズvsタイガースの交流戦。きょうはいい天気になった。
仕事から帰ってくるNaoと三国ヶ丘駅で待ち合わせる。ここは学校の最寄り駅でもあるから、 登校途中の生徒に出くわすのではないかとも思ったが、幸か不幸か、生徒には会わずに済んだ。待ち合わせ時間を少し過ぎたころに電話をしてみると、バイクを家に置いて駅に向かっているところだという。 きょうの待ち合わせは、彼の地元だということもあってか順調にいった。
JRと阪神を乗り継いで甲子園球場に向かう。やっぱり、阪神電車は野球観戦のお客で満員だ。 きょうの席はオレンジシートと言われる3塁側の内野指定席で、入り口ゲートは駅から一番近いところにある。楽チンだ。
トイレを済ませてスタンドに入ると、 すでに場内は騒然とした雰囲気になっていた。もう、試合が始まっていたのだ。きょうは開始までに間に合うかと思っていたのに、どこでどう時間がかかってしまったのか?ともかく、急いで席に着く。 ファイターズ・ベンチの上の方、ベンチの屋根で視界が遮られるほどの近さでもなく、適当な距離感でグラウンドが見えるいい席だ(ただ、席の列がかなり横長で、 ちょうどその真ん中辺りだったから、途中、トイレなどに立つには不便)。
席に着いてグラウンドに目をやると、ダルビッシュが先頭打者の赤星にデッドボールを食らわせたところだった。 アカンじゃん・・・。ちょっと、心配になる。きょうの調子はどうだろう?
3塁側とは言え、回りはタイガースのファンばかりのようで(さすが、「甲子園」だ)、 ファイターズに有利な展開となっても拍手していいものやら、どこで手を叩いたらいいのか、ちょっと躊躇する。それに、ピッチャー、バッターが間近に見えるだけに、 どうしても目がそっちに行ってしまって、遠くに見える新庄くんに神経を集中させておくのが難しい。マウンドを見たりバッターボックスを見たり、遠くのセンターを見たり、 忙しく目を動かして観戦する(右隣のNaoも、左のイケ面くんも、ときどき舟を漕いでいたが)。
はじめは、 タイガース下柳ののらりくらり投法に翻弄されるんじゃないか?と心配していたが、いつの間にやらファイターズ有利に展開しだして、 ダルビッシュが上手にバントするところや鋭いヒットを飛ばすところも見られたし、新庄くんが二塁から俊足を飛ばして生還するところも見られた(というか、 気が付いたら本塁に滑り込んでいたのだが。え?いつの間に?と言うほど速い)。
外野から遠いこともあって、きょうもやっぱり、大きな打球がホームランになったのか外野手に捕球されたのか、 何が何やらわからないことが多かった。周りが「わー 」と盛り上がって拍手するからホームイランになったのか?と思えばアウトになってたりして、 ああ、みんな、タイガースファンだからね、と拍手する場所が違うことを改めて思い知る。それでも、「新庄、ホームラン打て 」と呟く声があちこちから聞こえてきて、 「敵だけど、新庄は応援してやろう」と思っているタイガースファンがたくさんいることを再確認できて嬉しかった。
きょうは新庄くんのホームランが見られなかったのが残念だが、 ファイターズが勝ったことだし、新庄大好きタイガースファンの声も聞けたし、よかった、よかった。甲子園名物のラッキーセブン、 ジェット風船乱舞の光景は夜のライトに照らされてうっとりするほど綺麗だったし、内野席の屋根に反響する音もすごかった。きょうは、いろいろな意味で堪能する。
梅田に戻ってから大阪駅構内でうどんを食べて空腹を満たす。堺に戻って、Naoと「おやすみ」。

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5月17日(水)

とうとう降りだした。それも、「午後から雨」とかいう予報を裏切って、未明から降っている。本降りだ。きのう学校には、「晴れたら休むから」と言い置いてきたけれど、出勤する。
2時40分ごろ、試合中止が決まった、らしい。残念だ。まあ、選手にはいい休養になっただろうと、いい方に考えよう。明日は晴れますように。

まさくんのお誕生日。野球観戦の予定が入ってたこともあって(そのほかにも理由がいくつか)、今日中にお祝いというわけにはいかないが、 プレゼントの方はご希望通りの品を宅配で届けてもらった。
時間指定どおり夕方に到着した、とのメールが入る。でも、開けてみるのは一緒に、ということで、19日まで待っててくれるらしい。 ぼくも、実物は見てない物なんだけど。

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5月16日(火)

いよいよ甲子園(行き)が、明日に迫ってきた。天気はどうなることやら?中止になってほしくはないが、(小)雨の中で観戦するのも嫌だ。

2時間目の通信教育は、2年の国語表現。レポート提出期間が始まっていることもあって、レポートの仕上げをしたい者にはレポートを、そのほかの者には熟語に関するプリントを用意した。
それぞれ適当にしゃべりながらもそこそこに勉強していたが、おしゃべりばかりしている者には注意を与える。時間の後半、熟語プリントの答えを説明しながら黒板に書いていくと、 やっぱり、「説明は要らんから、答えだけ書いてや」という声が上がる。どうして、こういう発想が出てくるのかよくわからないが、どこのクラスでも同じような声が出る。
「『黙ってやれ』言うたやんか。黙って答えだけ書いてや」とまで言うのがいたから、「教師は、しゃべってナンボ。黙ってやるのは、生徒」と言い返してやる。まったく・・・漫才教室か?

Naoが「精神的にしんどいから来て」と言うから、迎えに行く。空手道場に書類(昇段試験に備えた合宿の申し込み書類らしい)を取りに行ってたみたいで、 家の前で待っていると単車に乗って帰って来た。
事故のせいで、あちこち傷がついてしまったのを見せてくれる。一つ一つはそれほど大きな傷ではないが、 いつもピカピカに磨いていた彼としては、ずいぶん気分が悪いに違いない。相手側から少しでも修理代を出してもらえたら、と思うのだが、保険会社からは難しいと言われたそうだ。 こういうときにどうしたらいいか、ぼくもよくは知らないが、「普通、お互いに相手の医者代、修理代を持ち合うんじゃないの?本人同士だともめるから、保険会社が交渉してくれるんとちゃう?」 とけしかけて(?)、ひと踏ん張りしてみるように言う。(世間では)みんな、どうしているのか?
Naoが自費で修理するには、費用がかさみ過ぎるだろう。 まあ、そんなこんなのゴタゴタがあって、「ドライブしよう」ということらしい。立ち話をしていると、Naoのお母ちゃんがたこ焼きを買って帰って来たから、 レトルトの「最強カレー」を3つ渡す。安売りで4つ買ったものの、あまりのまずさに食べる気をなくしたカレーだ。「ものすごく、まずいから。史上最低カレーや」と、一応、警告したうえで、 差し上げる。
書類を出しに道場に寄った後、いつものように当てもなく車を走らせたが、途中、コンビニでアイスクリームを食べ終わったところで思いついて、広島焼きの店に行ってみる。 「うどん道場」の近くだ。お好み焼きにそばが乗っているやつで、この店ではうどんかそばか、選択できるらしい。
先客のを作るところを見ていると、大阪のお好み焼きと違って生地がとても薄そうだ。 広島修道大学に呼ばれたときに、講演が終わってから鄭暎惠さんらと一緒に食べに行った広島焼きもこんなんだったかしら?まったく、覚えていない (おしゃべりに気を取られていたせいか、味の方も記憶に残っていない。おしゃべりの内容も覚えてないが)。
ぼくはケチって、1050円の「スペシャル」の下の850円のを頼む。 Naoは焼きそば。どうも、お好み焼きに麺を乗せるというのが、彼にはピンと来なかったみたいだ。
が・・・。どうも、どっちもあまり・・・(焼きそばは味見させてくれた。 Naoは、広島焼きの味見は首を振ってNO)。「味が薄い」とNaoが言うとおり、確かに味がない。塩だか胡椒だか、一杯振りかけていたように見えたが、 Naoの言うには、調味料の缶から出てなかったそうだ(彼は視力がいい)。ぼくの広島焼きの方も、中身に味がない。
関西風のお好み焼きは、 具と小麦粉を一緒にダシと混ぜて焼くから全体に味が沁み込んでいるが、ここのは小麦粉の生地に具を乗せて焼くだけだから、 いくら生地の表面にソースやらをかけても中まで味が沁みて来ない。「やっぱ、関西風の方がいいな」などと言いながら店を出る。
広島で食べたときはこんな印象は抱かなかったが、 どうだったのやら・・・??全然、覚えてない。仲良しだった卒業生(女の子)が、「いまから新幹線に乗って、おねえちゃんと広島まで食べに行くねん」なんて言ってて、 わざわざ・・・?と驚いたことがあったが、彼女らが好んでいた広島焼き、て、どんなだろう?

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5月15日(月)

今週の教育相談係ミーティングは、出席者半減。みんな、忙しいのだろう。その代わり、出てきたのは授業のない人ばかりだったから、2時間目が終わるまで話し込む。 スクール・カウンセラーが出身高校に講演に行ったときの話が面白かった。
在校生の側にしたら、卒業生の話なんかなんとなく説教臭くて嫌な感じがするだろうから、 あまり行きたくはなかったというのだが、ぼくは卒業生で話してくれる人はいないかしら?くらいに思っていたので、そういうものなのかな?と思いつつ、どんな様子だったんだろうと耳を傾ける。
はじめにアンケートを取ってどんな話が聞きたいか出してもらってから、書かれた内容を元にしながら話を進めていって、これから生きていくには知識を吸収する (いわゆる「勉強」)だけでなく、どんな風に生きていったらいいかという知恵を掴むことが大事だという話に収束させていったんだそうだが、 面白いと思ったのは、アンケートの中に五十音表を載せて「自分を表すとしたら、どの文字か」選んでもらったという話だ(選んだ理由も。選ぶのは、一字とは限らない)。
その選び方、選んだ理由を見てみると、音で選ぶ者、見た目の感じで選ぶ者、字表の位置で選ぶ者、母音5字とそれ以外の文字との位置関係(支配関係?) をなんとなく感じ取って選ぶ者などなど、いろんなことが想像できて面白いという。こんなことを研究している人はいないかもしれないが、ここ5年くらい、あちこちで話すときに答えてもらっているそうで、 データが溜まってきたら面白い結果が出るかもしれない。
相談係の教員で、一番外れの「ん」と選ぶと言った人もいたが(変わっている、他に支配されないという理由で)、 ぼくが選ぶとしたら「意地っ張りの『い』かな?」と答える。もう一人は「こ」と答えて、確かに三者三様、それぞれの性格が出ているような気がする。

きょうは4時間とも授業がない日なのだが、空き時間の2時間目は、今年の一年で問題の多いクラスの実習(この時期、このクラスはコンピュータ関係の授業)の「監視要員」 (3人)に駆り出される。
が、情報教室に行ってみると、きょうは「問題児」たちは来てないそうで(途中から、二人が遅れてやって来た)、 平穏無事に2時間目終了。「問題児」たちはイケ面揃いで明るい性格なんだけど、ちょっと(かなり・・・過度に?)明るすぎるようだ。

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5月14日(日)

きのう届いた空気清浄機を出してみる。置く場所がないからと言って、しまったままにしておいても仕方がない。床に積み上げた茶封筒の山を少し横にどけて、そこに置いてみる。
スィッチを入れてみると、かなり音が大きい。と言うか、自動運転にすると部屋の空気の汚れ具合を自動的に察知して、必要な風力でゴミ粒子を吸い取るから、こういうことになるらしい。 つまり、部屋の空気が相当汚れているということなのだ。まず、部屋の掃除をして、大きなゴミを取り除いてから動かすべきだったようだ。ゴーゴー言っている。音量的に言ったら、かなり厄介な代物だ。

一日、これといったこともせずにダラダラしていたら(洗濯しただけ)、夜になってNaoから電話が入る。
事故の相手を見舞いに病院まで行ったのに、すでに退院していて無駄足を運んだんだという。バスを乗り継いで家まで行って、見舞いを済ませて今から帰るから、 どっか連れてって、と言うのだ。先方さんの対応にずいぶん腹を立てているような口ぶりだ。
Naoの話を聞いてみると、当の本人さんは元気になって外に遊びに出ていたという。 まあ、大した怪我でもなかったらしいということで、喜ぶべきではある。だが、退院したら退院したと連絡をしてきてもいいだろう、というのはNaoの言うとおりだろう。彼が怒るのもっともだ。
きょうも、当てもなく走る。ドン・キホーテに行って靴下見ようや、と言い出したので、ドン・キホーテに向かう。その後で松屋に寄って、例のごとく、チキンカレーを食べる。

まさくんのバースデー・プレゼントにと、ご要望のあった『世界の戦場から』という写真集(12冊揃い)をインターネットで注文する。「日本の古本屋」というサイトで探したら、 熊本の古本屋さんに在庫があったのだ(確か、このサイトはOPERAに最初から登録されていたと記憶する。こんな風に、利用価値のあるサイトがあらかじめピックアップされているのも、 OPERAの便利なところ)。
ここの本屋にあることは少し前からチェック済みだったが、もっと安いところはないかとしばらく保留にしておいたのを、 誕生日が近づいてきたから急いで注文の手続きをする。間に合うか?

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5月13日(土)

雨の中、アムウェイの空気清浄機が届く。ええ??・・・と驚くほど大きい。重たい。受け取っても、とりあえずどこに置こうか困るほどに大きくて重たい。
こんなにデカイ物なら、最初から言っといてよね、というものだ。お気に入り卒業生は部屋の様子を見て知ってるわけだから、「置く所がない」状況もわかってるはずなのに・・・。
受け取ってしまった以上は、どこかに置かなければいけない。箱に入ったまま、部屋の隅に置く。困ったことだ・・・。

雨の中、「HANAGATA狂言」に行く。最近、狂言を見に京都に行く日は決まって雨が降る。この間、まさくんと「学校狂言」を見に行ったときも雨だったし、 3月の「千作・千之丞の会」も雨だった。当たり日なのか、外れ日なのか。
ぶつぶつ言いながら、京都に向かう。まあ、大降りにならなくてよかった。
本当は昼の部のメイン、童司くんの「釣狐」披きも見たかったのだが、なんせ、朝10時からの優先予約を忘れていて電話機に飛びついたのが午後になってからだったから、仕方がない。 まあ、夕方、ゆっくり出かけられるから、いっか、と呑気に構えていたら、午後5時半開演だった。きのう、念のためにチケットを確認してみたからよかったものの、 いつものように6時半とか7時を開演時間だと思い込んでいたら、「夜の部」も見逃すこところだった。
てなわけで、開演時間のチェックも気が抜けていたが、さらに、さらに。 家を出るのが遅れて、地下鉄今出川駅から小走りに急がなければいけないほどのギリギリになってしまった。なんとか間に合ってホッとしたが、重ね重ねのドジだ。
きょうの「HANAGATA狂言」は、茂・宗彦・逸平・童司くんらの父親世代が若かりしころ、本名のままで「花形狂言」という意欲的なグループを作って活動をしていた (ぼくは、そのころのことはまったく知らない)その名を受け継いで、今の時代の若者が新しい境地を切り開いて行こうという門出の会だ。 ローマ字の「HANAGATA」で名乗り直すというのも、一味違う、自分たちなりの狂言を打ち出して行こうという意志の表れなのだろう。ただ、伝統芸能であるだけに、 伝統の枠からはみ出すことなく、新たな境地に達するという至難の業が求められることになる(などと偉そうに講釈を垂れるほど、ぼくがわかっているわけではないのだけれど。 当然のことながら)。
きょうは前半が「だんご婿」と「鍋八撥」、後半が千三郎さんの「花形狂言卒業式」という、ちょっと変則的なプログラムだ。
前半の狂言二番は初めて見る曲だと思ったら、 「だんご婿」は千三郎さんの作だという。お舅さんのところに婿入りした婿さんが、「だんご」を振舞われたのだが、なぜか、初めて団子なるものを食べてひどく感動したという、 田舎者なのか世間知らずなのか狂言ならではの間抜けな人物がしでかす、間抜けでたわいもないお話だ。しかし、馬鹿でかい「だんご」をむしゃむしゃ食べる仕草につれて、 団子が見る見る小さくなっていくのには驚いた。どうやって作ってあるのか??
「鍋八撥」は新しく開かれた市の主導権を巡って、浅鍋売りと鞨鼓売りが技(?)を競い合うという話で、 ずる賢いわりに間抜けな宗彦くんの鍋売りの、一所懸命なドジぶりがおかしい。鞨鼓売りから吹っかけられる無理難題に四苦八苦しながら応戦するうち、 腹ばいになった拍子に売り物の浅鍋を割ってしまう瞬間の、宗彦くんのなんとも言えない寂しげな様子がいい味を出していたように思う。
二階席から見ていたからか、 いつもはすぐに汗だくになってしまう宗彦くんの「汗」が見えなくて、ただ遠くて見えないだけなのか、汗かきでなくなったのか、どっちなんだろう?などと、余分なことを考えながら見ていた。
後半の「卒業式」は、茂山家総出(千作さんを除く)の面白おかしい「儀式」で、笑いに笑った。千之丞さんの校長先生、丸石さんの教頭先生を始め、「花形」3人衆、若手在校生、 どこまでが台本アリでどこからがアドリブかわからないノリノリ振りで、茂山家の絶妙なチームワークを思う存分に楽しむ(まあ、そのわりには、 終演後の「お見送り」では挨拶を交わすタイミングを外しまくって、ひっそり静かに金剛能楽堂を出てきてしまったが。もったいない・・・)。
帰る途中、丸太町で下車してびお亭に寄ってこようとしたのだが、運悪く3人連れの客に先を越されて満席になってしまった(みたい・・・ちゃんと中に入って、 席がないことを確認したわけではない。チェロを抱えていたから、どこぞの大学オケのメンバーだろう)。雨が小降りになっていたこともあって、そのまま四条まで歩いて阪急電車に乗る。

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5月12日(金)

『部落解放』の原稿が完成したので、早速、メール添付で送る。今回は、ちょっと早めだ(とは言え、締め切りが過ぎてることに変わりなし)。
やはり、新庄くんのことだけで紙数が一杯になった。引退表明のニュースが飛び込んできたときに今度の原稿はこれでいこうと決めていたのだが、それに「襟問題」が加わって書くことが増えた。 「襟問題」というのは、単なる新庄くんの目立ちパフォーマンスの話に止まらず、「みんな一緒」でないと落ち着かないという、ある種の日本人に共通する主体性のなさの問題とも絡むものだ。 「制服」という馬鹿げた制度の問題とも通底する。
そう考えると、新庄くんの襟に文句をつけた王貞治というオッサンは、打破すべき旧体制の象徴だとも言える。 襟くらいのことでガタガタ言う方が悪い。それに乗っかる審判団も悪い。それに乗じて新庄叩きに走った、一部マスコミも悪い。

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5月11日(木)

学校が終わってからカスうどんが食べたいとNaoが言うから、車を走らせる。「うどん道場」も飽きてきたので、もっと近くのうどん屋に入ってみる。
カスがもっとたくさん入っていたらもっとよかったが、味としては悪くない。値段も500円でお手ごろ。麺の腰がもう少しあったら、もっといい点をあげるのに。麺の腰は、普通か。

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5月9日(火)

扇風機を出す。このごろ、暑くてたまらない。今年の夏は、どうなることやら?
いまは暑くても、夏本番が涼しくなってくれたらいいんだけど。

いつもより早めに『部落解放』の原稿を書き始める。書くことは決まっているから、あとは、それをどう料理するかだが・・・。

2時間目の授業が終わったころに、Naoから電話が入る。次の時間はぼくの授業なのにサボるつもりかな?と思いつつ受話器を取ると、事故を起こしたんだという。 相手が運び込まれた近大病院に今から行かなくてはいけないので、「オレは単車でついて行くから、おかんを乗せてって」と言うのだ。Naoの方は怪我はしてないようだが、 単車が転んだときに無理な体勢になったのか、あちこち痛むらしい。
「ええ??授業があるからダメだよ」と断わったが、体のあちこちが痛くて電車とバスを乗り継いで行くのはしんどい (当然、歩くことになる)、単車を運転していくくらいならできるから・・、とかなんとかグズグズ言っている。歩くのが大変とかいう身体的な理由よりも、 あれこれ甘えたことを言いたいのだろうとは思ったが、なんせ、授業が待っている。「電車で行きなさい」と言い置いて、電話を切る。
授業が終わって電話を入れてみると、 バスで病院に向かっているところだという。見舞いが終わったころに迎えに来てほしいと甘えてきたから(お母ちゃんにはバスで帰ってもらうつもりらしい)、 適当な時間を見計らって病院に向かう。
真夜中の病院。夜間入り口を開けてもらって中に入ったが、待ち合わせ場所(玄関前ロータリー)にはいない。 公衆電話を探して電話してみると、玄関が閉鎖されているから病院の外に出てバス停で待ってるんだという。こんな時間に病院に入ったのは初めてなのでなかなか面白い感じがするが、 一人でふらついていたら怪しまれるので、呑気に探検しているわけにもいかない。すぐに外に出てバス停に向かう。事故の状況やらあれこれ聞きながら、堺に戻ってまさくんご贔屓のパスタ屋さんに入る。
この間来たときは電気がついているのに閉まってた、という話はまさくんから伝わっていたようで、「せっかく来てもらったのに、申し訳ないです。やっぱり、 店は開けとかなアカンと思いましたわ」と言われる。Naoが彼お気に入りの「イカと明太子のスパ」を、メニューに載っているクリームソース仕立てでなくソーズ抜きで頼んだら、 そんな注文は初めて、とか言いながら作ってくれる(イカ・明太子スパに関しては、ぼくもNaoの注文の仕方が正しいと思う)。が、ソース抜きを作るのは初めてだったからか、 Naoが言うように、ちょっと塩味が強すぎたような・・・。
メニューに、ピザに使う小麦粉は日本にあまり入ってきていない***(忘れた)だとあったので、 どんなもんだろう?と注文してみる。たしかに、餅もちとした食感はいける。それに、上に乗っているチーズが上品でくどくないのもいい。濃い目の味が好き(?)なNaoには、薄味に感じられるかな?と思って様子を見ていたが、 これについては黙っていた。
お金を払うとき、マネジャーから「これから、どちらに行かれるんですか?」と聞かれて、ちょっと驚く。「いやいや、もう帰りますよ。お子ちゃまは早く寝なきゃ」と答えると、 「なんや。メンズ・バーに連れてってもらおうと思ったのに」と来た。ええ?・・・メンズ・バー、て?ゲイ・バーのことかしら?と思いつつ、店を出る。
「ここにはまさくんと何回か来ているが、ぼくがメインディッシュを頼んだのは初めてのことになる。家に帰り着いて2時間もするうちに腹が空いてきたように感じたから、 これまで「イタリアン」はこてこての印象が強くてイマイチだと思っていたぼくにも、ここのは腹にもたれなくていい。こういうイタリアンだったら、ちょくちょく食べてもいいな。

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5月8日(月)

教育相談ミーティングに出ようと相談室に行くと、今年新たにメンバーに加わった人も含めて全員がそろっている。全員がそろうというのはなかなかないことなのだが・・・、 いくら待ってもスクール・カウンセラーが現れない。
と・・・。しばらく経ってから、保健室の先生が管理している予定表に○がついてないことを発見。そう言えば、先週、 ぼくがカウンセラーと「今年の予定」を打ち合わせしたんだった。「ころっと忘れてたよ」と大笑い。しばし、雑談をして、きょうのところは解散。

『部落解放』の東京担当編集に、「OGCにゅうす」に書いた差別表現に関する原稿と新庄くんの「襟問題原稿」をメールで送る。この間の「唖然」問題にからんで、 次の原稿で差別表現について書いてほしい、みたいなことを言っていたから、こんな感じのことを書くことになるでしょう、という心積もりをしてもらおうと思ったのだ。
ただ、ぼくとしては新庄くんに関する原稿の方が優先順位が上なので、差別表現問題にまで言及できるかどうかはわからない。スペースの関係だ。引退についてだけなら、 差別表現にもスペースが割けただろうが、降って湧いたように「襟問題」が勃発したので、ペース配分が難しくなってきた。
書いてみないことには、わからない。

あまりの暑さに、夏蒲団を出す。扇風機も出さなきゃ・・・。
夏は嫌いだ。

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5月7日(日)

雨だ。せっかく、まさくんと一緒に「学校狂言」を楽しもうという日に、運が悪い。このごろ、ぼくも雨男になってしまったのか?まあ、雨になってしまったものは仕方がない。 淀屋橋から京阪電車で京都に向かう。
まさくんと会うのは4月の20日以来だ。前は仕事が忙しいからと思っていたが、彼が仕事を辞めてからの方が逆に会う機会が減ったのは不思議なことだ。
京都までの車中では、NPO法人年次総会の前に開かれる理事会に対する気持ちを聞く。本当は出席したくないのだが、出席して「自分の立場」についてきちっと話しておかなければいけないというのもあって、 迷っているようだ。部外者であるぼくがあれこれ口を挟めることでもないが(と言いつつ、あれこれ言ったけど)、ぼくは「嫌なことはしない」というのが基本線の人だ。 だが、嫌なことをしないで済むようにするには、いま、嫌なことをしておかなければ、という場合があるのも事実だ。あまり楽しい話題でもないからか、まさくんの様子も元気なさそうだった (友だちと朝までカラオケをやっていて滅茶苦茶に眠たい、というのもあるのだろうが)。
京都に着くと、雨は少し小降りになっているような感じだ。 晴れていたら鴨川散策というのも楽しめたが、この雨ではそれもいま一つだ。昼食は御所の南、裁判所の向かいに鶏料理の店があるらしいから、そこに行ってみたかったのだが、 それもこの雨で断念。「学校狂言」会場の旧春日小学校に着くまでの間に適当な店はないかと辺りを見回しながら歩いていると、うどん屋の看板を見つける。表通りから横道に入って探してみると、 「だいもん」という看板のかかった店が見つかった。カウンターだけの小さな店だったが、あちこち捜し歩くのもナンだし、ちょっと感じが面白かったので、ここに決める。安部譲二みたいな体型のおじさんが、 カウンターの向こうで料理している。
ぼくは八丁味噌を使った味噌煮込みうどん(やっぱり、味噌は八丁味噌だね。ほかのは頼りなくって)、 まさくんは「デマッセ」という変な名前のセットを(怖いもの見たさで?)頼んでみる。あとでわかったことだが、謎の名前は近所にあるパチンコ屋の名前らしい。 フランス語か?とも思ったが、関西弁だったのね。
店の中には、あちこちにベタベタと書き込みがあって、説教好きのオジサンなのかな?と思ったりもしたが、 ぼくたちに「説教」が向いてくることもなく、平穏裏に食べ終えることが出来た。高校野球のファンなのか、新聞の切り抜き帳(?)がずらりと並んでいる。
これから狂言を見に行くと言ったら、 朝から何人も狂言を見に来たお客が来たとか、春日小学校の建物は由緒ある物で、壊す予定だったのを保存の方向で・・・てなことをいろいろ教えてくれる。
おもろいうどん屋を出て、会場の春日小学校に向かう。「向かう」と言っても、表通りに出たらすぐ、なんだけど。丸太町今出川の交差点、北西の角だ。

校門を入ると、カッパに身を包んだ宗彦くんが校庭に立ってお出迎えをしてくれていた。最終回、4時からの部までまだ少し時間はあったけれど、前の方の席を取ろうと列の後ろに付く。 ぼくたちの前には10人ちょっと。入場を待つ間、宗彦くんのお母さんともご挨拶をする。
開演30分前、床に直座りの席の一番前(子ども用「特等席」よりは後ろ)に陣取る。 舞台の上では体育の先生役の正邦くんがマイクを持ってあれこれ指示を与えていたが、数年前の宗彦くんのような、本当にいそうな「口の悪い体育教師」になり切るにはお上品過ぎたようだ。 一方、宗彦くんは客席側で「悪い先生」となって、体育の先生の指示に対して盛んに茶々を入れていたが、「先生」というよりは悪ガキという感じだ(ぼくも昔、 生徒としゃべっていて注意されたことがあったが、生徒指導の教師に突っ込みを入れたことはない)。でも、よく似合っている。
開始時間となって教頭役の丸石さんが出てきたが、これが次期校長狙いの上昇志向、外向けカッコ付け教頭をうまく演じていて笑えた。まあ、ここまで露骨な教頭は、そんなにはいないだろうけれど。 解説担当役の千之丞さんは几帳面な性格がよく出ていて、説明を端折ることもなく、易しく砕き過ぎることもなくきっちり話をしていたのが、かえって面白かった。
きょうの「学校狂言」は、「蝸牛」と「附子」の二曲。小学生もたくさん来ていたが、みんなけっこう笑っていた。難しい言葉もちゃんとわかったのかな?「附子」の方は、 本式のより砕けた台詞回し・演技に変えていたように思う(とは言え、ディテールをきちんと指摘できるほど正確に覚えてないんだけど)。
すべてが終わって外に出ると雨が上がっていて、茂山家のみなさんに挨拶をしながら校門を出る。こういうのをタダで見せてくれるなんて、素晴らしい。 昔、学校を回って狂言の普及に努めていたころの再現版だ(今でも学校周りはしてるんだろうけど)。初心を忘れず、といういうことか。

雨のおかげでしっとりと落ち着いた感じになった京都の町並みを楽しみながら、寺町通りを三条まで下る。あまり人通りの多い通りではないが、きょうは雨上がりだということもあってか、 特に少ないような気がする。静かなたたずまいが味わい深い。
三条通を東に折れて、京阪三条駅に向かう。途中、鴨川の手前で「はやしや」に入る。金沢のお茶屋さんが出している店で、 お茶にちなんだ料理やデザート、飲み物を出している。昔は京都に来るたびに入っていたものだが、最近はいつ来ても混んでいるから入るのを諦めていた。きょうは空いているようで、 窓際、鴨川を見下ろす絶好の席に座ることが出来た。ビルの6階に移転してからここに入ったのは初めてだ。
と、いい席に座れたのは嬉しかったが、メニューを見るとあまりにたくさんの物が並んでいて、 あれもいい、これもおいしそう・・・と迷いに迷って、なかなか注文が決められない。それはそれで楽しい時間だが、あまりに優柔不断そうに見えて、それも困る。 昔はこんなにたくさんなかったような気がする。
山頂に雲がかかって煙っている比叡山と鴨の流れを眺めながら、のんびりくつろぐ。いい感じだ。
帰りの電車の中で、まさくんから「オーディション」に応募した話を聞く。ええ・・・?
大学時代から福祉関係の活動、仕事を経てきて、 そろそろ自分が本当にやりたいことをしてみてもいいかな?と思ったからだそうで、声優をしてみたいんだという。そう言えば、子どものころから本読み(朗読) とか紙芝居を読むのとかが好きだったと言ってたっけ。自分がしたいことをするのはいいことだと思う反面、合格したら東京に行っちゃうじゃん・・・と思うと、ぼくとしては複雑な心境だ。 ぼくは「人のために身を粉にして働く」なんてのは胡散臭いと思ってしまう人だから、そういう意味では彼が福祉の仕事から離れて自分がしたいことをするというのには賛成ではある。だけれど・・・。
彼はいい声をしているから、受かりそうな気がする。だから、これは「杞憂」では済まない。ふ〜〜ん。でも、面白いかもね。
ぼくが降りる地下鉄の駅まで一緒に来てくれて、そこで「お休み」。

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5月6日(土)

テレマン協会による、夙川教会での教会音楽シリーズ。きょうのプログラムは、モーツアルトとフォーレのレクィエム、二曲だ。去年のこのコンサートはちょうどJR事故の直後で、 楽団関係者にも犠牲者が出たと言っていたから、その一年後にレクィエムで追悼するという意図なのかな?と思いながら会場に向かう。
開演の40分も前に着いたのに、 きょうも長い行列が出来ている。みんな、何分前に到着するのやら?どうしてこんなに熱心なんだろうと、毎回、感心してしまう。当日券を買って列の後ろに着いたが (友の会の会費はとうの昔に切れている――継続手続きの書類が来ない――と思うのだが、会員割引で売ってくれる。「顔パス」になったのかしら?)、 中に入ってみるとすでに7〜8割が埋まっている感じだ。どういうことだろうと、前の方まで行って様子を見てみると、あちこちに「関係者席」という紙切れが置いてある。 JR事故の遺族か何かかな?と思いながら、仕方がない、二階席に行ってみようと、階段を上る。いつもぼくは中山くんのお顔がよく見えるようにと思って、音響的には二階の方がいいのだろうと思いつつも、 出来るだけ前の席を取るようにしてきた。だから、二階に上ったのは初めてだ。
二階席もかなり埋まっている感じで、なんとか二列目中央の席が取れたが、 やはり一番前には「関係者席」の紙が置いてある。まあ、こういう席には「関係者」が来ないことも多いから、と高をくくっていたら、少し後になって、ご到着となった。残念。
席に着いてからプログラムをパラパラやっていたら、きょうの「関係者」はJRの事故とは関係がなくて、テレマン協会を長年支援してきてくれた伊藤英子さんという女性の「関係者」であるらしい (あとでわかったことだが、伊藤忠商事の会長夫人)。「英国領事館」と書かれた「関係者席」もあちこちに見られて、いつもとコンサートの趣が少し違うような気がする。
曲の長さの関係でフォーレを先にやるのだろうと思っていたら、壇上に並んでいる椅子の数からしてモーツアルトが先になるらしい。モーツアルトのレクィエムというと、 ぼくにはどうしてもカール・ベームの演奏が頭に浮かぶが、ベームとは違って早めのテンポで軽やかに始まる。こういうのが古楽系では主流だし、これはこれで悪くはない。 が、開始部のヴァイオリンの音が、なんとも貧弱で閉口した。もう少し細やかな神経を注いで弓を使ってほしいものだ。
とは言え、合唱が入ってくるとヴァイオリンのがさつさも気にならなくなって、 教会特有の豊かな響きに身を任せる。なんとも言いようがないほどに、幸せな気分になってくる。全身がとろけそうだ。
「宗教は麻薬だ」というのはソ連(スターリン?)の言い分だったが、 まさに正しい。教義的な面でそうであったかどうかは措くとして、教会内部に響き渡る淫蕩な音響に包み込んで一般大衆をたらしこんで来たのだとぼくはずっと前から考えてきたが、 実際に体験してみて確信する。麻薬というか集団催眠というか、この音響はじつに心地よい。
テレマンの合唱はいつものように美しかったが、きょうの収穫はテノール・ソロをを歌った朴俊植くんだ。 素直で伸びやかな美声で、宗教音楽にピッタリだ。少し前から、イケ面らしき新顔くんがテノールに入ったと思っていたが、彼だったのか。これから、楽しみ。
ただ、後半のフォーレの前に指揮者が伊藤英子さんの思い出を語って聞かせたり、終わってから夫さんの「ご挨拶」をいただいたりというのには、ちょっと首をひねってしまった。 御世話になった楽団関係者の気持ちもわからなくはないものの、「追悼の会」をしたいのなら無料公開の特別演奏会を催したらいいことで、(故人の名を言われてもまったくピンと来ない人もいる) 一般聴衆から金を取って聴かせる演奏会で、それを代用してしまうのはいかがなものか。ぼくなどは、ちょっと興醒めしてしまった。
きょうは中山くんとご挨拶を交わすチャンスもなく、 先月のマンスリー・コンサートで言葉を交わしておけばよかったと、いまさらながらの後悔を胸に夙川教会を後にする。

コンサートの後は「OGCにゅうす」の印刷発想作業。急いでドーンセンターに向かったが、思ったより早く着いた。みんなが到着するまでの間、一人で印刷したり紙折り機で折ったりと、作業を進める。
約束どおり5時半に全員到着。今回はアメリカに行っている佐々木くんも一時帰国中ということで、作業に加わってくれた。アメリカでの状況について話を聞いたり、 漢方薬と食事療法による癌治療の話などを聞きながら、作業は順調に終了。河村くんからは、コピーを頼んでおいた4月13日の「新庄剛志ってナンだ!? 」の録画DVDをもらう。
4人揃うのは久しぶりだから夕食でも、というわけで、堂島アヴァンザの地下にあるヴェトナム料理の店に行く。3人は作業の前にもアヴァンザに来ていたみたいで、 ドーンセンターからの道順をぼくが難なく指示してみせたら、みんな「こんなに簡単だったの?」と驚いていたが、驚かれるほどのややこしい道ではない。二回曲がるだけだ。
地下の駐車場に入ったのも、地下の食堂街の店に入ったのも初めてのことだったが、ヴェトナム料理の店は外から見ていたのとは違って、かなり広いスペースの店だった。メニューもたくさんあって、 ぼくにはどれがどれやらよくわからないので、みんなが言うのを待ってウン、ウンと言うばかり。次々運ばれてくる料理を、次々と平らげた。
佐々木くんからはアメリカ人の間で流行って(?)いるデオドラントの話を興味深く聞いたが、体臭のきついアメリカ人にとっては大事なことかもしれないが、 ぼくなんかは脇の下が適当に匂うのはセクシーだと思う方だから、あまり神経質に「匂い抜き」に没頭するのもどうかと思ってしまう。ダイエットにしても、健康志向にしても、 アメリカ社会の突進振りには、どうもバカバカしさを感じてしまう。乳製品に対するバッシングもすごいらしいが、これもバカげた話だ。牛肉を日本に押し付けたがっているのも、 国内では食べたくないからなのか?とさえ疑ってしまう。
アメリカの方ばかりを向いているのも、たいがいにした方がいい。

家に帰り着いたころ、お気に入り卒業生から電話がかかってくる。「空気清浄機、来た?」と言うのだ。「まだだよ。いまは連休中だから、休みが明けてからやろ」
卒業生からの電話が済んだと思ったら、 今度は、Naoからの電話。いつもの「どっか、行こう」コールだ。ええ?いまから?と思いはしたものの、「ちょっとだけだよ」と念を押して迎えに行く。
が、「ちょっとだけ」と言っても、 結局、遠路はるばる「うどん道場」に行く羽目になる。相当疲れているのだろう、Naoは行きも途中から居眠りをしていた。

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5月5日(金)

一日中家に籠もって「OGCにゅうす」の原稿書き・・・ではあったけれど、もうちょっとで書きあがるといった辺りで、楽天のホームページで試合中継を見てしまう。対ファイターズ戦だ。
テレビ中継なんかなくっても、こんな風に各チームが自分んとこの試合をネット中継してくれれば、それで十分だ。ファイターズも、(携帯だけでなく) PCからも見られるようにしてほしい。
原稿のページと楽天のページを行ったり来たりしながら、新庄くんが「襟問題」であちこちから叩かれてるから、急遽思いついて、 「襟付きシャツのどこが悪い」をテーマにした原稿も書く。
3つをタスクバーに並べて忙しく切り替えつつ、ちょろちょろ書き足して原稿完成。 「襟問題」の原稿だけでも手書きに書き直そうと思ったのだが、一ページに入る(手書き文字の)字数の関係で、無理だと判明。 仕方なしにワード原稿を貼り付けることにして、2ページ分になるように少し書き足す。
あすは、コンサートと「にゅうす」印刷作業とであちこち行くことになるから、少し早めに寝る。

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5月4日(木)

6日の「OGCにゅうす」印刷作業に備えて、2005年度の会計決算をする。ぼくは算数というヤツが大嫌いで、計算は大の苦手だ。毎日の家計簿でさえ、なかなか計算が合わないくらいなのだ。
それなのに、一年分の計算・・・。一年に動く金はたかだか十数万といった小規模な話だが、計算が合うまでに数時間かかった。でも、合って、よかった。

夕方近く、ヤフーオークションから「高値更新」を知らせるメールが届いて、きょうはまだ4日だったことに気づく。てっきり、5日だと思い込んでいたのだ。
「また、お知らせメールが糞詰まりになってたのか。終了してから届いても、遅いじゃん。・・・ったく」などとブツブツ言いながら入札ページを覗いてみると、まだ終わってない。 そっか、きょうは4日だったのか・・・。ずいぶん長いこと連休が続いてるような気がして、日付・曜日の感覚がおかしくなっていたみたいだ。
よかった。「OGCにゅうす」の原稿、 今日中に書き上げなきゃと焦ってたけど、まだ一日、余裕があったんだ。などと安心していたところに、Naoから「どっか、行こう」コールがかかってきた。 「もし、もし。もし、もし。もし、もし。・・・どらえもんです」
きょうも当てなしに、気の向くままブラブラと走る。疲れてるんだろう。そんなに遠くまで行ってないのに、 居眠りを始めている。いつもだったら「帰り道」になってから眠り始めるのに、きょうは、帰る前から寝ている。「靴が見たい」と言うから、スニーカーショップに向かって車を走らせたのだが、 店に向かっている途中で、もう寝ている。
結局、お目当てのスニーカーショップは二軒とも休みだったので、適当にドライブを続けて家まで送っていく。

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5月3日(水)

この連休こそは、「日記」の更新に励もう。その前に、まず、「OGCにゅうす」の原稿書きか・・・などと思っていたが、やっぱり、きょうもダラダラとしてしまう。
ファイターズの試合が終わるころまでネットで試合経過をチェックしていたら、夕方近くになってしまった。それから、おもむろに洗濯をする(「お仕事」するのは洗濯機だが)。 それから、5時半を回ったころになって、ネットオークションでゲットしたズボンの裾上げをしようとミシンを出す。ゲットしたのはずいぶん前のことだから、そろそろ穿けるようにしないともったいない。
それにしても、日が傾いてきてからミシン仕事を始めなくてもいいものを、と我ながら呆れてしまう。日が長くなってきたとは言え、老眼が進行してきているから、針に糸を通すのも一苦労だ。 糸の太さに合わせてミシン針を変えなければいけないのに、針の太さを示す刻印が小さくて読めない。失敗した縫い目を目打ちでほどこうにも、縫い目が見えない・・・。 手元用の度の低い眼鏡をかけているのに、それでもよく見えない。
もっと明るいときから始めればよかった、明日にしようかとも思ったが、意地になって作業を続ける。
ズボンは4本。一本目は比較的うまくいったが、糸を変えて2本目、3本目を縫おうとしたら、糸調子が狂ってきて、さっぱりだ。糸調子を合わせるだけで、ずいぶん時間を費やす。 上糸、下糸のどっちをどうすれば合うのか、締めたり緩めたり。
それにしても、三つ折に折り曲げたその端を綺麗に縫いこんでいくのは、(裏側が見えるわけじゃないから) 素人には至難の業だ。ドルチェ&ガッバーナのズボンが一番失敗が多くて、何重にも縫い重ねることになってしまった。天下のドル&ガバも、これじゃ、かたなしだ。 情けない(本物だとして、の話だが)。
ま、知らん顔して穿いてれば、他人にはわからない、か。
白のレザーパンツは皮革用の針に変えて縫い始めたが、 どうもうまくいかない。あまり何度も縫い直すと、革の表面が穴だらけになってしまう。諦めて、皮革用ボンドで止めることにした。思ったより、綺麗に止まる。よかった。

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5月2日(火)

「奇跡の夏」試写会。3月4月はほとんど試写会に行けなかったから、5月こそは頑張ろうと、少し早めに試写室に向かう。
と、入り口でパンドラの中野理惠さんとそのスタッフに会う。 何年ぶりのことだろう、「百合の伝説」の試写会&キャンペーン以来か。フィルムを買い付けたのは松竹だが、配給はパンドラ、大阪での上映館は東宝系、 宣伝担当はキノ・キネマという「ラインアップ」になるらしい(それで試写場は東宝)。
理惠さんが連れてきたスタッフは東京での映画祭 (昔は「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」と言っていたと思うが、今はなんと言ってるのかしら?)にも関わっているということで、 「平野くんのこと、知ってるでしょ」と引き合わせてくれたが、ピンと来てないような顔つきをしていた(そりゃ、若い人はぼくのこと知らないよね)。 それで、試写が終わってから、改めて少し詳しく(?)御挨拶をする。
「奇跡の夏」は、実話を元に映画化された物語。わんぱく坊主のハニが、優等生である(らしい) ハンビョル兄さんの突然の発病(脳腫瘍)に戸惑いながらも、それでもわんぱく坊主らしく元気に兄さんの闘病を応援して行くという話だ。
幼いということもあって、 ハンビョルの病気をなかなか理解できずに、両親が兄さんにばっかりかまっているのを不満に思ったり、退屈だと言っては大騒ぎをしてみたりヤンチャをしたりと、 見ていて苛ついてしまうような場面もたくさんあったが、実際、こんな小さな子だったらこんなんだろうなとも思う。ぼくが親だったら、思わず怒鳴りつけてしまったり、 頭をはたいたりしてしまいそうだ。
だが、ハニはハニなりにお兄ちゃんのことや、お母さんのことを思っていて、不器用だったりはするが一所懸命に自分に出来ることをやってあげようとする。 じつに、かわいい。けなげだ。
お母さんは仕事から疲れて帰ってきて、子どもたちのしつけや勉強のことでカリカリしてしまう毎日なのに、 父親の方は休日に子どもと遊んでやったりするだけだという夫婦間の「役割分担」は、よくありがちのパターンで、最後までお父さんの影の薄さはそれほど「改善」されたようにも見えなかったが、 逆に、ありがちであるがゆえに、「普通の家庭」をリアルに描き出している。それでも、この「役割分担」の不公平さを妻からなじられて、 息子たちとの関係性を多少なりとも改めて行こうとする父親なりの懸命さも伝わっては来る。
ただ、ぼくは映画の出来栄えとか夫婦間の「役割分担」とかに関心を向けるより先に、 子どものころから持病と闘ってきたまさくんNaoのことがつい脳裏に浮かんできて、かなり感情移入してスクリーンに見入ってしまった。 だから、もちろん、ハニの明るい逞しさにも感動したけれど、ヤンチャな弟に苛つかされたりしながらもじっと痛みに耐えるお兄ちゃんの、弟思い、お母さん思いの優しさに泣いた。 まさくんNaoの、親や兄弟との関係はどんなだったんだろう?などと考えながらスクリーンを見詰めていたから、涙腺がずいぶん緩んでしまった。
ところが、こんなに泣ける映画なのに、隣に座ったおじいさんは最初から最後まで居眠りしていた。本編が始まる前の映画会社のロゴが出るところから、エンディング・クレジットが終わるまでの間、 ひたすら居眠りし続けていたのだ。驚いた。まあ、いびきは、そんなにでかくなかったけど・・・。

例によって、Naoからドライブをせがまれる。きょうもまた、うどんが食べたいと言うのだが、いつも「うどん道場」では能がなかろうと、日本橋にある「つるとんたん」に行く。
ぼくがここに入るのは二回目だが、前に来たときは朝日放送のプロデューサーがおごってくれたので、高いのか安いのか、料金の方はわからない。 まあ、お客さんが次々と入っているところを見るとそんなに高い店ではないだろうと、とりあえず入ってみる。
地下に降りていくと、かなり広い座敷になっていて、 たくさんの客が、大きなテーブルを囲んで相席(?)になっている。見ると、どんぶりが馬鹿でっかい。
ぼくはシンプルな月見うどん、Naoはいつものようにカレーうどんを頼む。
注文したうどんがやって来るまでの間、テーブルの上に並んだ薬味をあれこれ試して遊ぶ。柚子の香りがするものすごく辛い物があって、隣の席に座ったおじさんが「ゆず胡椒」だと教えてくれたが、 胡椒というより辛子の味のような・・・。
・・・やってきたうどん。量的にたっぷりしていて、味の方もなかなかいける。上品でさっぱりしているところがいい。 少し甘いのはダシの味だけで出したものか、砂糖とかも入れているのか?(ぼくにはわからない
いい気分で食べていたのだが、最後の辺りになって、 Naoがどんぶりに髪の毛が入っているのを見つけてしまう。ぼくは、髪の毛くらいのことではそんなに気分を悪くしたりしないのだが、Naoは急に不機嫌になって 「文句言うわ。また更のうどんを持ってきてもらっても食べられへんけど、まけてもらわな・・・。もう、ここには来ん」などとブツブツ言い出した。
ぼくは「さっさと行くぞ」と立ち上がったのだが、 近くの店員に言いつけたのだろう。下駄箱のところまでやって来て、「申し訳ありませんでした」と頭を下げてきた。一階のレジに上がってみると、おかみからも「申し訳ありません」と一言。 ええ?もう伝わってるの?という感じで、ビックリする。
ぼくは髪の毛が入っていたことよりも、偶然、帰りが一緒になった隣の席の(おじさんの連れ) 若いイケ面くんがまあくんと同じ靴を履いていたことの方に気を取られていたのだが、お詫びの印(?)にラムネ菓子をもらったりしているうちに見失ってしまった。残念。
でも、「おまけしときます」とはならなかったのも残念、か。

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5月1日(月)

Naoの病院行きに付き合う。めちゃくちゃ暑い日になったので、オープンカーにして病院に向かう。
今回は少しゆっくり目に出発したが、予想に反して待合室は前回より空いていた。 月曜日だから超満員だろうと覚悟していたのだが、肩透かしを食らった感じだ。受付を済ませてから、地下の売店で飲み物、おにぎりなどを買いこんで外の木陰で軽く朝食を摂る。 病院は小高い丘の上に建っているから気持ちの良い風が吹いてきて、まるでピクニック気分だ(ただし、病人や年寄りにとっては、この坂はしんどいだろう。 「人に優しい病院」のはずじゃないの??)。
食べ終わって待合室に戻っても、順番はなかなか回って来ない。はじめは携帯でゲームをしていたNaoも、 さすがに待ちくたびれて少し居眠りをしていた。
診察を終えて、薬と慢性病に関する保健所の手続き書類とを受け取って、病院を出る。駐車場の木陰に車を停めていたから温室状態にはならずに済んだが、 その代わり、落ち葉が車体一面に落ちていた。オープンのまま停めておかないでよかった。落ち葉を払い落として、またオープンにして駐車場を出る。
気持ちよく風を切って泉北一号線を走り抜け、うどん屋に入ってちゃんとした食事を摂りなおす。

きょうは、授業の前に1年の教科担当者会議を開く。
各クラスの現状について、学級担任、教科担当の両者から意見を出し合った後で、スクール・カウンセラーにも加わってもらって、 AD/HDの生徒について状況の説明を受け、学校としてどう対処したらいいのか、保護者・本人とどのような話し合いをしたらいいのか検討する。

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徒然硯