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徒然日記――2006年3月

2006年3月
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3月26日〜31日(2007年4月20日アップ)

3月31日(金)

月一回の、Naoの病院行きに付き合う。いつもはお母さんと一緒に近所の(?)知り合いの車に乗せてもらって通院しているようだが(お母さんだけが、 おしっこを持っていくこともあるという)、今回はぼくがピンチヒッターということになった。きのう一日分のおしっこを詰めたタンク(?)をカバンに入れて、近大病院に向かう (どんなタンクなんだろうと興味津々だったが、結局、見せてくれなかった。当然、か)。
病院に入ると、患者、患者。一杯だ。これだから、大病院は参る。 小児科の受付に行くと、入院していたころの仲間が何人か診察を受けに来ていたようで、お互いに挨拶を交わしている。彼らは、いつまで病気と付き合い続けなければならないのだろうか? いつも元気そうにしているNaoだが、ぼくなんかには言えない気持ちをもってるんだろうなと、彼らのやり取りを横目で見ながら考え込んでしまう。
それにしても、 待ち時間が長い。持ってきた尿を検査室に出して採血も済ませ(注射やら採血をやたら怖がるNaoが、なかなかかわいい。やっぱり、まだ子どもだ)、 地下の売店で飲み物、食べ物を買って腹ごしらえをして戻ってきても、診察を待つ患者はさっぱり減っていない。いつになったら名前を呼んでもらえるのやら、気が遠くなるほどだ。
そのうちに「コンピュータ障害のため、カルテは手書きでお願いします」なんていう放送が入って、ますます診察が遠のく気配だ。コンピュータに頼り切ってると、こういうときに困るんだよね、 ざまあ見ろ、と思いつつ、時間ばかりがどんどん経っていくのは迷惑だったりする。困ったもんだ。それにしても、こんな不手際を患者の耳に入れてしまったいいのか?患者たちは不安にならないんだろうか?
やがて、Naoは一旦予診室に呼び込まれて、コンピュータが止まっていて検査結果が見られないから、もう少し待ってくれと言われて出てきた。なんてこった。
やっとコンピュータが復旧して診察を受けたものの、会計を済まそうとしても、コンピュータが止まっていた間の計算が溜まっているようで、いつまで経っても計算が済まない。一度、 計算済みのランプがついたので自動支払機で払おうとしたのだが、ウンともスンとも動かない。横に立っていた係員にどうなってるんだ?と訊いてみると、「おたくはまだです」みたいなことを言われる。 「でも、さっき、ランプがついたで。近大は壊れとる」と怒りをぶつけてやったが、ケロッとした顔をしている。まったく・・・。腹立たしい。

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3月30日(木)

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3月29日(水)

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3月28日(火)

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3月27日(月)

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3月26日(日)

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3月25日(土)

いよいよパ・リーグ開幕。本当は札幌まで応援に行ってるはずだったのに・・・。きょうは、新庄くんが何かすごいことをやってくれるはずなのだ。
テレビではパ・リーグの中継なんかやってくれないから、「OGCにゅうす」の原稿を少しずつ書きながら、その合い間、合い間にファイターズのホームページと日刊スポーツのネット速報を行ったり来たり、 更新、更新を繰り返して、試合の進行具合をチェックする。・・・そして。
北海道移転3年目にして初めての本拠地開幕戦を迎えた今年、見事勝利。よかった、よかった。
これで、テレビ中継をやってくれたら、もっといいのに。ファイターズのHPには、携帯サイトでヴィデオ中継をやるみたいなことが出てるけど、PCからではアクセスできない。 我が家では衛星放送も見られないし、携帯中継もダメ。う〜〜ん。携帯電話を買うしかないのか?
ネット情報によると、新庄くんはハーレーダヴィッドソンに乗って登場したらしい。 唖然・・・。札幌ドームで、じかに見たかったな。

夕方、卒業生から電話があって、仕事が終わるのが遅くなったから、お食事会はあしたにしようということになった。これで落ち着いて「OGCにゅうす」が書ける。 今月は早々と書くべきことが決まっていたこともあって、真夜中になる前に書きあがる。素晴らしい。
ゆっくり寝よう、と。

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3月24日(金)

日曜日の「OGCにゅうす」印刷作業に備えて、原稿を書き始める。今月は「ブロークバック・マウンテン」再考、というか、二度目鑑賞の感想。
さらに今月は、 アメリカに行ってる佐々木くんから原稿をもらってるから、久々の「二人三脚にゅうす」だ。彼が書いてくれた「都市のゲイ、地方のゲイ」という原稿は、 ぼくが前から気にしていたことともつながるからちょうどよかった。グッドタイミング。

医者に行く。下痢がなかなか治らないから、きょうは漢方薬の葛根湯と半夏瀉心湯を追加して出してくれる(+抗生物質、整腸剤)。

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3月23日(木)

きょうは入試の合格発表&点呼、説明会。発表は2時なのに、点呼と説明会は午後6時からだ。説明会には保護者も来てもらいたいということでこんな時間帯にしたんだろうが、 一度学校に見に来て、家に帰り、また出てくるなんて大変だとぼくは思うんだけど。家が近かったらいいが、遠い子にとってはずいぶん無駄な時間を費やすことになる。
ぼくは体育館の外で、「こちら・・・」と手招き(?)する案内係に当たったが、ぼく以外にも廊下のあちこちに何人もの教師が立っている。過保護というか、お節介というか、 「仕事してます」という自己満足に過ぎないというか。無駄だ。こんな手取り足取り誘導をするから、「指示待ち人間」が出来てしまうのだ。どうして、この学校はこんなつまらない学校になってしまったのか・・・?

手の具合はどんなだろうと、Naoに電話してみると、「どうしたん?」と間の抜けたような返事が返ってくる。大したことはなかったということだろう。
10時過ぎに迎えに来て、ということで、遅い時間からドライブに出かける。まず、コンビニでお菓子、アイスクリーム。それから、堺の南の方で見つけたパスタ屋に行く。 夜遅くなのに、わりとこってりした物を腹一杯食べる。
Naoは少し残したピザを兄貴にお土産に持って行こうと、店員にお持ち帰り用の容器をもらう。 兄貴とはあまり仲が良くないとか言っていたが、なかなか優しいところがある。ちょっと安心。

夜中過ぎ、日付が変わったころに、メールアドレス変更のお知らせ(予告)を大量に発送する。変更通知といっても、4月から変えますよという予告のお知らせだ。 変更一週間前に予告しておいて、3月一杯は旧アドレスと新アドレスを併行して使い、4月1日で切り替える予定。
早速、やっくんから「了解」の返信をもらう。嬉しい。

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3月22日(水)

あすの入試合格発表に備えて、合否判定の会議。と言っても、定員未満だったから、全員合格になるんだけど。
4月からの政令指定都市化に関連して、給料振込み口座の申請、 健康保険証の切り替え等々の事務手続きで、バタバタする(ぼくが、じゃなく、学校全体&市教委が。ぼくは慌てず騒がず、淡々と)。 個人情報保護とかなんとかがうるさく言われるめんどくさいご時世ゆえ、府教委に届けていたものをそのまま堺市に移管するというわけにはいかないようだ。いちいちうるさいことだ。
保険証の切り替えに関しては同僚教師が問題提起をして初めて市教委も気が付いたようで、こんなことでは先が思いやられる。

手の具合はどうだろうと、何度かNaoに電話してみたが、繋がらない。まあ、悪化しているようなことはないとは思うけれど。

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3月21日(火)

Linux 関係のコンピュータ雑誌に、DVDを動かせるようにするソフトが付いていたから、買いに行く。もちろん、Linux にもDVDのプログラムは入っているのだが、 市販のDVDソフトを動かすには版権問題をクリアするライセンスが必要で、オープンソースのLinux にはそれが入ってないから、普通の市販DVDが動かないということらしいよくわからんけど)。で、この雑誌付録のソフトを入れれば、どういうわけか、その点がクリアできるらしい
この雑誌を見つけたのはずいぶん前だったが、 チラチラと覗いてみたところ、やたら難しそうに見えたのと、DVDソフト以外には何の役に立つのかわからないような付録やら記事ばかりだったので、敬遠していたのだ。
だが、やっぱり、Linux でもDVDが動いてほしいので、買ってみることにする。ところが、いざ、買おうと思って本屋に行くと、肝腎の雑誌が見当たらない。もう次の号が出てしまったということだろうか?
で、ダイヤモンドシティに入っている紀伊國屋書店にも行ってみると、あった、あった。
しかし・・・。家に帰ってよく読んでみると、やっぱり、何が書いてあるのか、よくわからない。 付録のDVDソフトをインストールする前に、それを動かすための作業が必要だとしていろいろ書いてあるのだが、それがさっぱりわからないのだ。なんせ、ぼくはLinux で「コマンド」を発する方法さえも、 全然わかってない。これじゃ、宝(?)の持ち腐れだ。
どうしてLinux はこんなにわかりにくいのかしら?

お気に入り卒業生から電話がかかってくる。25日の夜、晩御飯をどう?と言うので、OKする。
続いて、Naoからも「ドライブコール」。例によって、行き先未定のまま走り出す。 当てもなく新なにわ筋を北上、途中でUターンして、高石市の南外れまで南下する。
Naoの家に着いて、ちょうどNaoが車を降りようとしているときに電話がかかってきた。 ドアを開けかけたまましゃべっていると、間の悪いことに、後ろから車がやって来た。ここは一方通行の狭い道なのだ。
斜め右前に止まっている車とぼくの車との隙間を抜けるのは大変だろうから、 後ろに下がって間を空けてやろうと思ったが、Naoは電話中だ。大声で「降りなさい。ドアを閉めなさい」と怒鳴るわけにもいかない。焦って車をバックさせたところ、 Naoの左手が道路標識のポールとドアの間に挟まってしまった。
痛がってうずくまるNaoには目もくれずに後ろから来た車は走り去ってしまうし、 電話をかけてきたヤツは「手が挟まって、血だらけや」とNaoが言ってるのに(ま、「血だらけ」というのは大げさだが)、いつまでもだらだらしゃべり続けている。 なんということだ。
やっと電話が切れたところで、コンビニに急行して包帯を探す(運が悪いことに、Naoの家は、彼が失態(?)をしでかして電灯がつかない状態になっていて、 包帯を探すにも真っ暗でわからないらしい)。
が、コンビニに包帯はない。一応、骨折してないか診てもらおうと、生徒もよくお世話になる近くの救急病院に向かう (途中、お風呂帰りのお母さんに出くわして、ひとこと)。
念のため、X線写真も撮ってくれたが、骨折とかはしてないようだという。消毒、包帯をしてもらって、病院を出る。
とんだ「ドライブ土産」だ。包帯を巻かれた指を突き出して「妖気が溜まってきた」「白い汁が出てきたりして・・・」なんて冗談を言い交わしてたくらいだから、大丈夫だろうとは思うけれど。

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3月20日(月)

このところ下痢状態が続いているので、医者に行く。風邪を引いていたころから続いているから、一月近く続いていることになる。「ただの下痢」だったらいいが、 もっと重要な病気の前兆だとしたら大変だ。そういうことからすると大きな病院に行くべきなのかもしれないが、とりあえず、近所の小児科クリニック(&内科)に行く。
子どもたちの間に風邪が流行っているのか、超満員だ。駐車場も満杯、待合室も溢れんばかりになっている。1時間くらい待った末に、診察。お腹を触診してくれたが、 「風邪のばい菌が腸に住み着いているようです」ということだ。まあ、大病の予兆でなくてよかった。

夕方になって、「ブロークバック・マウンテン」を見に行こうと家を出る。公開3日目にして、やっと、だ。
夜の8時45分からの最終回だと1200円で見られるというので、 その回を狙いつつ、お茶屋さんが閉まる前に行かなきゃと逆算したのだが、狙いすぎて、銀行から金を引き出そうとしたら「時間外料金」のかかる時間帯に突入していた。 自分の口座から金を出すのにも金が要るなんて。そんなあくどい商売をする銀行なんか潰れてしまえ と悪態をつきつつ(だから、金は下ろさずじまい)、 お茶屋さんに向かう。
お茶屋の後は、中古CD屋をハシゴして上映時間が来るまで時間を潰す。
きょうは狂言風「フィガロの結婚」を見に行くつもりで休暇届けを出していたのだが、 結局、1200円の映画に化けた。茂山家の面々がどんな風にモーツアルトを料理するのか、興味津々ではあったものの、7000円、6000円もするのでは、ちょっと・・・。

上映時間ギリギリに行ったんじゃ、「1200円」目当ての客が殺到して入れないかもしれないと、少し早めにシネ・リーブルに到着。当日券を購入、整理券を受け取ってみると、18番だ。 なんだ、客はこんなに少ないのか。肩透かしを食らったようで、ちょっとがっかりする。
最後の客が予告編が始まったころに入ってきて、 ずうずうしくも(ただ、暗くて見えなかっただけかも・・・)荷物をぼくの膝の上に放り投げてきたからムッとして払いのけてやったが、 その彼が落としていった整理券が38番だった。平日だとは言え、90席ほどもある劇場に38人だけ、というのも寂しい話だ。あれだけ話題になった作品なのに、 これくらいしか入らないのかと思うと、複雑な想いがする。大阪の文化状況の貧しさを象徴するような「38番」だ。
それはそうと、二回目の「ブロークバック・マウンテン」は、 最初に観たときよりずっと素直にぼくの中に入ってきた。あれやこれや原稿に書いたこともあって、間違ったことを書いてはいないかとディテールの確認をしながらの鑑賞だったわけだが (細かなところでは、たくさんの記憶違いを。が、本質的なところでは、間違ってないと思う)、試写会のとき、ぼくは少し構えて見てたところがあった。
というのも、これに限らず、世間で大評判をとったものに関しては眉に唾をつけながら意地悪くチェックする天邪鬼なところがあるのと、 『アンチ・ヘテロセクシズム』でアン・リーの「ウェディングバンケット」を批判的に論じたくらいだから、この作品に対しても厳しい目で見てみようという心構えで試写会に臨んだからだ。
「ウェディングバンケット」のときには、ある人が「アン・リーはゲイだ」と言っていたという話を事前に耳にしていて、すっかりそのつもりになって見たから、 必要以上に厳しく見てしまったという事情もある(ゲイのくせにこんな撮り方をして・・・と)が、一度そんな風に思ってしまうと、なかなか軌道修正はできないものだ。 ただし、その後、それを裏付けるような追加情報は入って来てないから、ガゼネタだったのかもしれない。
とは言え、やはりそうか、と思わせる場面展開もあって、またまた、 いろいろ考え込んでしまった。試写会では、ジャックのとの再会にのぼせ上がるあまりに妻の気持ちを顧みないイニスの鈍感さに苛ついたものだが、見直してみて基本的には無神経ではあるものの、 アン・リーなりにフォローをしようとしているところも感じられて、ちょっと安心する。
見終わって、泣けて仕方がなかったとか、号泣したとかネットに書き込んでいる人たちほどではないとしても、 しみじみとした感慨が心に残る。劇的に感動するといった作品ではなく、しんみりと思い返すような作品なのだろう。
また観てみたいなと思いながら、劇場を出る。観に来て、よかった。

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3月19日(日)

「ブロークバック・マウンテン」公開二日目。薄ら寒い天気でなんとなくテンションが上がらず、きょうも映画館まで出向く気になれなかった。一日家に籠もって、ぼんやり過ごす。
「寝床」の掲示板をinfoseek のレンタルから、別のフリー・レンタルに乗り換える。いたずら書き込みを避けるためだ。それに、こっちの方にはレスも付けられるから、「ベター」だ。 いままでの掲示板に「お知らせ」のようにして情報を載せてくれていた人もいたから、旧掲示板の記事も「奥座敷」というページを新たに作って、そこに収容する。 ただ、全部を転載するのは手間がかかりすぎるので、399番から最新の469番までにした。情報が古くなってきたら、いずれは、閉鎖しよう。
ついでに、一日早いが、月恒例のの更新。

夜になって、Naoから「どっか行こう」コール。いつものようにコンビニで御菓子を買い込んだ後、「うどん道場」に。
店員の顔ぶれは、いつものメンバー。カッコい兄ちゃんは、 きょうも顔を見られず。もう、諦めるしかないか。

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3月18日(土)

「ブロークバック・マウンテン」大阪公開の初日に行こうと思っていたが、あいにくの雨だ。客の入りはどんなだろう?とか、どんな反応が出るだろう?とか、自分の目で確かめてみたかったのだが、 雨ではしょうがない。出鼻をくじかれた。

夕方になって、Naoから「雨だから、空手の稽古に行くのに送ってってほしいな」と電話が入る。お迎えも・・・と甘えてくるから、「卒業生が10時に来るからダメだよ」と渋ってみせると、 稽古を9時半に終われば間に合う、と来た。
「プロ野球選手は、練習場と宿舎の間をランニングしとるらしいで(じつは、一部の選手だけだが)」 「それは、好きでやっとるんや」 「自分の足で歩かな、衰えるで」「運動しとるから、いいよ」「困ったチャンやなあ」「ウン。困ったチャンや」・・・押し問答の末に、送り迎えをOKする。
ただ、お迎えの時間については、稽古が終わってもシャワーとか着替えとかがあってすぐには出て来れないとか何とか言い出して、卒業生と約束した10時には間に合いそうもないことになってきた。 あまりのわがままにムッとして「先約優先だからな」と強く言ってやると、一瞬押し黙った後、「歩いて帰る」と言い残して車を降りていく(結局は、 卒業生から遅くなると連絡が入ったので、迎えに行ってやったんだけど)。
卒業生が家にやってきたのは10時半過ぎ。家の中を一通り見て回るうちにネコ・アレルギーが出始めたようだが、 それにもめげず、アムウェイのカタログを取り出してあれこれ商品の説明を始める。ああ、これが目的だったのか、と舌打ちしたものの、 彼は一応の説明をしただけで「買うか買わないかは先生の自由や」と付け足して、それ以上は言ってこなかったから助かった。「製品のレベルとしてはいいのかもしれないが、 いまは金がないからダメだよ」と応じて、きょうのところはおしまい。
それにしても、卒業生でアムウェイに引っ張られる子は多い。ぼくのところにやって来ただけでも、 いままでに4人いた。そのうち3人は、ぼくのお気に入りだったハンサムくんだ。どうしてアムウェイに惹かれて行くのか?

アメリカ在住の佐々木くんから、原稿が届く。向こうで見た「ブロークバック・マウンテン」の感想にからめて、ゲイ・リブのあり方、「地方のゲイ」への想いを綴ってくれた。
「OGCにゅうす」用にと送ってくれたのだが、興味深い原稿なので、「寝床」にも載せたいなと思う。ここは「平野広朗原稿集」と銘打ってあるので、 お客さんのページとしてのネーミングを何か考えないと・・・。

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3月17日(金)

朝の7時ごろまで原稿を書き続けたが、二つ目の章がどうしてもうまくまとまらないので、ぼけた頭でぼんやり考えていても仕方がなかろうと、寝る。9時半に起きて仕上げ、 すぐさまメール添付ファイルで送る。
今月も締め切りを大幅に遅れたが、ともかく完成。毎月繰り返されるドタバタだ。来月こそは・・・。

2時からは入試の採点。今年も10人くらいのチームを作って、問題ごとに分担して採点をする。点検、再点検も分担部分を入れ替えながら、テキパキと仕事を進める。 いつもなら、国語はほかの教科よりずいぶん時間がかかるのだが、今年はチームワークがよかったのか段取りがよかったのか、かなり早く終了する。
心配していた記述式の問題では、 ほとんどの受験生が白紙に近い状態で出していたこともあって、部分点をどうするか迷うことも少なくてすんなりと点数が出た。採点する側としては楽チンだが、 出題者が定時制に入ろうとする者の学力レベルがわかっていないという点では、問題が残るだろう。
寝不足のわりにはすっきりした気分で採点が出来て、よかった、よかった。

きのう一日は三食も食べたのに、体脂肪を計ってみると13.3%と出た。体年齢も、なんと37歳!! だ。たくさん食べたのに脂肪率が下がったのは、一日中働いていたからか。
やっぱり、働かざる者・・・か。

今夜、ぼくの家に来ることになっていた卒業生から、「仕事で家に帰るのが遅くなったからあしたでいい?」と電話がかかってくる。ぼくとしても、原稿書き→入試→原稿書き→採点と、 2日間睡眠不足で疲れ果てているから、日延べしてくれる方が助かる。
今夜はゆっくり寝よう。

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3月16日(木)

きょうは入試の日。定時制高校の入試なのに朝早くから、というのも解せない話だが、昔からこういうことになっている。昨夜は早めに寝たのだが、やっぱり体がついていかなくて、 寝ついたのは4時過ぎだったと思う。当然、寝不足状態だ。それでも、なんとか8時のミーティングには間に合った(珍しい)。
ぼくのきょうの仕事は一時間目、国語の監督だ。出願初日に顔を見た子たちが神妙な顔つきで鉛筆を走らせるのを、黙って見守る。今年の問題は少し難しいようで、 早々と諦めて居眠りを始める受験生が目立った。例年より、居眠りを始めるのが早いような気がする。
もう一つの「仕事」は、3時間目の英語が終わったところで、 試験開始前に預かっておいた携帯電話を返却する際のお手伝い。二人の試験監督のうち一方は回収した答案を持って本部に下りているから、その代わりというわけだ。
採点はあす。入試当日はいつまでも学校に残っていないようにとのことなので、適当な時間に学校を出て、歯医者に向かう。

歯医者の診療は、ほぼ予約時間どおりに始まる。時間どおりに始まったはいいけれど、「取れた詰め物がまだ使えるかもしれないので、一度持ってきてください」ということで、 問題の箇所をX線で撮影しただけで治療まで進まずじまい。次回、型どりをするという。ちょいと拍子抜けだ。
これだけのために新大阪まで来てもらったのは悪いと思ったのか、 前歯の裏の欠けたところを補修してくれた。

夜、お気に入り卒業生から電話がかかってくる。「あした、先生のうちに行ってもいい?」と言う。ええ??本当に来るの?と思いつつ、「それまでに原稿が書き終わってれば、いいよ」 と答える。
彼はネコアレルギーだと言っていたが、ぼくの家に来て大丈夫かな?

卒業生からの電話の直後に、今度はNaoから電話がかかってくる。またまたドライブのおねだりだ。
あれこれお理由を言って渋ってみせたが、やはり押し切られて、 泉北一号線が西の方に少しだけ延びたそうなので、延びた分も含めて走ってみる。快速・快適だが、快速すぎて、延伸した部分はあっという間に走りすぎてしまう。

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3月15日(水)

朝方、大阪駅に着く。バスの車体が悪いのか中央道が悪いのか、走行中はずっと削岩機の上に乗せられたような振動でとても寝にくい夜行バスだった。静かだったのは、 ごくわずかな間だけだ。
降りるときに文句を言ってやろうと思っていたが、大阪駅に着くころには腹が痛くなりだしていたので、トイレを探す方が先になってしまって言いそびれた。 走行中に腹が痛くならずに済んでよかった。
家に帰り着いて、夜行バスでの寝不足を少しでも挽回しようと、しばらく仮眠。

ブッシュべったりだった産経新聞が、やっと、イラク戦争を正当化するためのブッシュ政権の言い分に疑問符を突きつける「報告書」に関する記事を載せた。
統合部隊軍の報告書と元CIA分析官の論文を紹介する記事だが、ブッシュ政権が自分たちに都合のいいところだけをつまみ食いしていたという事実は、これからも次々と明らかになっていくだろう。

終業式はこれといったこともなく、無事終了。校長の「原稿棒読み」式辞は相も変わらずだったが、今年で定年退職だから、これが最後の挨拶となる。 それにしても、卒業生が抜けた体育館はいっぺんに生徒の数が減って、寂しい限りだ。

学校から帰ってくると、お気に入り卒業生から「また、連絡ちょうだいや」と留守電が入っていた。このところ急に接近してきたが、どういう風の吹き回しだろうか。

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3月14日(火)

大萩くんのリサイタルを聴くために、東京に向けて出発。風邪を引いていたころからずっと下痢ぎみの腹具合が続いているので、遠征するのはちょっと心配だが、 大萩くんのコンサートには行かなくちゃ。ポケットに『ブロークバック・マウンテン』の訳本を入れて、新大阪駅に向かう。
チケット屋で求めた割引回数券をのぞみの指定券に替えて、いざ改札を通過しようとすると、ピ、ピ、ピと鳴って、止められてしまった。ムッとして駅員に訴えると、 「3月17日指定になってます」と言う。「ええ?さっき、そこで『一番早いヤツ』て指定したのに」「すみませんが、もう一度指定しなおしてください」・・・どういうこっちゃ?
指定しなおしたせいか、3列席の真ん中ということで席としてはイマイチだが、仕方ない。おもむろに文庫本を取り出して、『ブロークバック・マウンテン』を読み始める。 ぼくが新幹線の中で本を読むなんて、珍しい。というか、列車の中ではもっぱら居眠りを楽しむことにしているから、新幹線に限らず、読書なんてしないのだ。
とは言え、薄っぺらな文庫本だから、読むのが極端に遅いぼくでも名古屋を過ぎたころには読み終わってしまった。読み終わっての感想・・・。う〜〜ん。 映画の美しい映像を目にしてしまった後だということもあって、いま一つ、ピンと来ない。訳の文体のせいか、原作そのものがそうなのか、イマジネーションが膨らんでいくというわけにはいかなかった。 割注で丁寧に説明を付けてくれているのが、かえってわずらわしいようにも思える。映画から受けた印象よりも、本の方が乾いた感じと言えばいいか。
読み終わってしばらくすると、生まれ故郷の蒲郡の海が目に入ってきた。外は、なんとなく曇っているようだ。途中の関が原辺りでは雪が積もってたし、今夜の夜行バス、 ちゃんと動いてくれるだろうか?なんて考えているうちに、うとうとし始める(偶然、富士山の辺りだけ目が覚める。雪をかぶった山頂のほんのてっぺんだけが雲に隠れていた)。
1時30分新大阪発、4時10分東京着。やっぱり、のぞみは速い。コンサート開演の7時までは余裕があるから、有楽町に戻ってデリー銀座店に行く。 創業50周年を記念して、特製カシミールカリーを出しているのだ(銀座店だけ)。注文を受けてから地鶏を焼き、スパイスを調合、 香りを逃さないように蓋付きの容器に入れて出すというから、どんなんだろうと楽しみにしていたのだ。特製カシミールは5時からの限定メニューなので、それまでの間、銀ブラで時間を潰す。
が・・・。期待していたような具合にはいかなかったようで・・・。やっぱり、鶏肉はルーと一緒に煮込んだ方がうまいんじゃないの?という感じだ。 スパイスをまぶした鶏肉をバターで炒めてからデリーのルーで煮込むというぼくのやり方に慣れているからか、そっちの方がまっとうな調理方法なのか、 いつもぼくが家でやっているやり方の方がうまいように思う。
ちょっと拍子抜けした後に、向かいの店が「ふらのソフトクリーム」の看板を出していたのを見つけて、食べてみる。が、これも、いま一つ、か。
呑気なことをしているうちに、6時だ。新宿に急ぐ。先に夜行バスのチケットを確保してから、東京オペラシティに向かう。前回のとき、京王線の乗り場を探すのに手間取ったことを思い出して、 それならばと、甲州街道を歩いて行くことにする。
一本道だからオペラシティには迷わずに到着したが、きょうの会場になっているリサイタルホールというのがややこしい所にあって、 でかい建物の中を右往左往した。館内表示板は、じつに不親切だ。

大萩康司くんのリサイタル。全席自由席なので、早めに到着していい席を取ろうと目論んでいたのに、開演ギリギリになってしまった。作戦、失敗。それでも、前から6列目くらいの脇の席が空いていて、 よく見える、とまではいかないものの、まずまずの席に座ることが出来た(後からわかったことだが、斜め右後ろに、演奏に合わせてプログラムの表紙を人差し指でタッピングするジイサンがいて、 おおいに迷惑することに・・・。これがこの人のクセなんだろうが、一拍目だけを叩いていたのが、調子が出てくると曲のリズムに合わせて叩き出し、リズムがややこしくなると叩きようがわからないのだろう、 居眠りを始める。まったく・・・)。
きょうは「B→C」と題して、バッハに始まって現代作曲家へ、というコンセプトの連続コンサートの一夜。大萩くんが「当番」の今夜は、 前半はバッハの2曲、「プレリュード、フーガとアレグロ変ホ短調」と「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第三番」のギター版を19世紀ギターの銘器ラコートで、 後半はヴィラ=ロボス、武満徹、ブリテンを大萩くん愛用の現代ギター、ロベール・ブーシェで引き分けるという趣向だ。
バッハのプレリュードが始まるとすぐ、1小節か2小節の辺りで涙腺が緩み出す。なんとも美しい音だ。
ところが、その後は、後ろの席のジイサンが気になったり、なんやかやで気が散ったのか、 昼間歩き過ぎて疲れたのか、ついうとうとしてしまう瞬間がチラホラとやってきて、どうも十分に楽しめたとは言えない状況になってきた。
と、珍しく大萩くんが間違えた(?)ような箇所があって、 びっくりする。2箇所か3箇所、間違えたのか、ちょっと立ち止まった(?)のか、瞬間的に音楽が滞ったような感じだ。ユンディ・リも大阪でのデビュー・コンサート(協奏曲)で間違えて、 シンフォニー・ホールの空気が凍りついた瞬間があったが、あのとき、彼は何食わぬ顔で弾き切って、かえってスリリングなコンサートとなったことがある。大萩くんも、去年の懇親会のとき、 頭が真っ白になったことや、指がつったことなど、いろいろ失敗を経験していると言っていたが、きょうのも、それかしら?それとも、うつらうつらしていたぼくの聞き間違いかしら?
無伴奏ヴァイオリンのパルティータは有名な曲だが、え?こんなところあったっけ??なんていう瞬間もあって、正直言って戸惑った。まあ、2番に比べて3番の方はあまり聞きこんでないから、 ぼくの記憶に残ってないだけのことかもしれないんだけど。
後半のヴィラ=ロボスは、いつもの大萩節というか、ラテン系のリズムと音色が戻ってきて、またまた涙腺が緩む。 ブリテンを聴くのは2回目だが、面白い曲だとは思いながらも馴染みがない曲なだけに、すんなり感情移入することが出来にくくて、もう一回聴いてみなくちゃ、といった感想は前と同じだ。 成長しないぼく・・・。
コンサート終了後は、いつものようにサイン会に並ぶ。ところが、家から持ってきたCDを取り出してみると、すでにサインしてもらってたやつだった。まずい。 サインのあるジャケット部分を隠すようにして、CDの盤面にサインをお願いする。
いつも、いろいろ声をかけてみたいと思いながら果たせずにモジモジしているばかりだが、 今回は途中でうとうとしていたこともあって、なおさら言うべきことが見つからずに、「ありがとうございました」とだけ。でも、大萩くんから「お久しぶりです」と言ってもらえたから、 これでよしとしよう。
帰りも新宿駅まで歩いて、ハイウェイバス乗り場に到着。10時10分発の夜行バスに乗り込んで、大阪へ。東京滞在時間は、ちょうど6時間。

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3月13日(月)

節税対策マンションの確定申告書に還付金の振込口座番号を書こうとして、りそな銀行の通帳が見当たらないことに気がつく(キャッシュカードも)。 慌ててあちこち探してみたが、出てこない。どうやら、金曜日に銀行から金を引き出したときに、ATMのところに置き忘れてきてしまったようだ。いまごろ気がつくなんて・・・。
悪用されないうちにと、急いで紛失届けを出しに行く。この口座は府教委指定の銀行のもので、互助組合の掛け金などの分だけが振り込まれて、 そのまま横滑りで支払われていくトンネル口座みたいな口座なのだが、残金はそれほどないとしても、悪人に拾われたらどんな悪用をされるかわかったものではない。
近くの支店に相談に行ってみると、 忘れてきた可能性大の支店からは拾得物の届けが出ていないという。じゃ、いったい、どこに・・・。
ともかく、利用できないように止めてもらったが、もし、 見つからないままだったなら、再発行手数料として通帳・カードそれぞれに1000円かかると言われて、ちょいと驚く。ええ??そんなにも・・・?
ところが、学校に行ってみると、堺が政令指定都市になる関係で給料振込み口座を「新規登録」しなければならないのだが、府教委のときのような「指定銀行」はなくなったから、 どこでも自由にどうぞと言われる。それでは、再発行手数料がもったいないから、これを機に解約してしまおう。もともと「府教委指定銀行」だなんて、裏で癒着しているようで気分が悪かったのだ。

スクール・カウンセラーが事務室に顔を出して、「来年度も昼・夜両方来られるように仕事の調整をしたから、大丈夫です」と言いに来てくれた。文部科学省からの返事はまだ来てないのだが、 待ってるだけでは埒が明かないので、さきにこっちが動きました、とのことだ。
これで、来年度も一安心。うちの学校に来られるようにするために (全日制の時間帯の分も含めて)調整してくれたなんて、うれしい話だ。

卒業生とNaoを伴って、そば屋に行く。二人は初対面だ。
Naoを迎えに行った後で学校で待ち合わせて、卒業生のワンボックスカーに乗り込んでそば屋に向かう。 ぼくの車と違って中は広々としているし、スピードメーターはデジタル表示だし、ナヴィゲーションも付いている。バックするときにはナヴィがテレビのようになって、後ろの様子を映し出す。 横のスライドドアは、自動で開閉する。最近の車はこんな風になっているのかと、驚くことばかりだ。
ぼくもNaoもそばの味については疎い方だが、 3人でおしゃべりしながらの会食だからなかなか楽しい。大工をやっている卒業生の近況があれこれ聞けて、興味深かった。
食べ終わって、 Naoが卒業生の車でドライブしてみたいと言い出したから、26号線を高石市の外れ辺りまで走ってもらう。カプッチーノとは体感速度がまったく違ってゆったりとした感じだが、 ゆったりしすぎてスピードが出ている感じがしないのは、ちょいと物足りないかも。
卒業生と別れた後で、カプッチーノでのドライブもおねだりされる。 Naoは卒業生の車では助手席に座っていたのだが、あまりにゆったりとし過ぎて、居眠りしかかっていたという。やっぱり・・・。

『部落解放』の原稿をやっと書き始める。書き始めたと言っても、きょうのところは2、3行だけだ。あすは大萩くんを聴きに東京に行ってるから、本格的に書き始めるのは15日以降となる。 毎度のことながら、仕事が遅い。

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3月12日(日)

まさくんからメールがあって、彼のパソコンで開かなくなっていた「Hiro-peeの寝床」が、やっと見られるようになったという。 開かなくなった原因も不明だが、再開した理由もわからない。不思議なことだ。
彼のPCでも正常に見られるようになったので、いよいよ、 掲示板をinfoseek のレンタルから別のサーバーのものに変えることにする。Infoseek が大手だからか、いたずら書き込みがやけに増えてきたからだ。 まさくんのPCが掲示板しか表示しないうちは、彼が見られる唯一のページを閉じるわけにはいかなかったが、 これでどこのサーバーに移っても大丈夫だろう。
これを機に、彼もOPERAに移行した(?)ようなので、ついでに、フリーながら高性能なウィルスソフトのavast! の導入を勧めてみる。

ここ数日、Naoから何も言ってこないから、たまにはこちらからご機嫌うかがいでもしてみるかと電話を入れる。が、出ない。
しばらくして、「どうしたん?」と言って来る。 「別に用はないけど、どうしてるかな?と思って」
ということで、5時過ぎからドライブに出る。いつもに比べたら、ずいぶん早い時間帯のドライブだ。コンビニでお菓子を買った後、 梅田方面に車を走らせて、結局は「うどん道場」に行く。
きょうもカッコいい店員はおらず。
食べ終わると「銭湯に行きたい」と言い出したから、 Naoの家でタオルを借りて「祥福の湯」に行く。早めに出発したドライブも、北に行ったり南に走ったり、最後はいつもくらいの時間になる。
あすの卒業生とのそば屋行きに、Naoも誘う。

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3月11日(土)

呑気に昼過ぎに起きて、月に一度の24時間風呂洗浄(浴槽に洗浄剤を入れた後、水流を逆流させて活性炭などのフィルターを洗浄。所要時間、1時間)を始めたところで、 大事なことを思い出す。きょうは、茂山狂言HANAGATAの会員予約の日だったのだ。宗彦くん、逸平くんたち若手五人が新たに始める狂言会の旗揚げ公演で、童司くんが「釣り狐」 を披《ひら》くという大事な会だ。
えらいこっちゃ、と慌てて茂山狂言会に電話を入れる。朝の10時から電話機にかじりついてるいつもと違って、きょうはすんなりと繋がった。 すんなり繋がったはいいけれど、はじめに「ごめんなさい・・・」とお断わりを言われて、「釣り狐」のある昼の部は完売になってしまったんです、という。呑気に、1時過ぎに電話したぼくがバカだった。 仕方がない。夜の部だけを予約する。
若手の「釣り狐」は茂くんのをはじめとして、宗彦くん、逸平くんのを見てきた。若手しんがりの童司くんだけ見られないなんて・・・。 きのう、切符もぎのときに「あッ」と言ってもらっただけに、返す返すも残念だ。
「早起きは三文の徳」とはよく言ったもんだ(「得」じゃないのね)。

今月の『部落解放』原稿は、先月に続いて「ブロークバック・マウンテン」について書くことに決めて、原作を読んでおいた方がいいだろうと、本屋に走る。
が・・・。駅の近くの本屋には、ない。どういうこっちゃ
これだけ評判になっている映画の原作本(集英社文庫)だから、当然、 平積みになっているだろうと思って来たのに、車が10台以上停められる駐車場を備えたまずまずの大きさの本屋が置いてないとは・・・。文庫本の棚を何度もぐるぐる回ったが、どこにもない。 やっぱり堺は田舎だと、改めて感心する。
ふと、駅向こうのダイヤモンドシティに紀伊國屋が入っていたことを思い出して、行ってみる。あった、あった。やっぱり、 平積みになっている。
それにしても、堺の土着書店はしょぼすぎ。

お気に入り卒業生から電話が入る。「この間教えたカレーうどんの店に、あの子(Naoのこと)を連れてってあげた?」という話の後に、 「今度、その子も誘ってそばを食いに行こう」というのだ。
どうしたわけか、ここ数日はNaoから連絡が入らないが、「そのうち何か言って来るだろうから、 誘ってみるわ」と答えて、来週の月曜に行くことを約束する。

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3月10日(金)

なんと、今朝は体年齢が36歳 と出た。体脂肪率も14.3%と少なめだ(風呂上りの測定をやめて、起床直後に変えて以来の最低値)。
体重測定の結果はご機嫌だが、 天気の方はあいにく、雨だ。きょうは千作・千之丞の会があるというのに・・・。晴れていたら早めに京都に行って、観世会館の近くにある細見美術館を覗いてみようと思っていたのだが、 雨に出鼻をくじかれた。
同僚教員から入場券をもらっていたから、前から気になっていた美術館でもあることだし(屋上に茶室があるという)、 ちょうどいい機会だったのに、この雨では美術館→びお亭→観世会館と行ったり来たりするのはおっくうだ。そのうち小降りになるだろうと様子を見ているうちに、家を出るのがすっかり遅くなってしまった。
京都に向かう阪急電車に揺られていると、歯医者に入れた予約の日は入試の採点日だったことに気がつく。大失敗だ。学校の予定がさっぱり頭に入ってない。
久しぶりにびお亭に行ってみると、 「ひょっとして、千作・千之丞の会?」と聞かれる。図星だ。昨夜のテレビでは初日の様子が放送されたそうで、「平野さん、映ってないかしら」と思って見てたんだそうだ。
宮城県産の牡蠣のフライ(千切りキャベツの代わりのサラダが綺麗で豪華)、春菊とほうれん草の和え物をおいしくいただいた後でアイスクリームをご馳走になって、 無農薬紅茶(ダージリンとアールグレイ)とスリランカ・カレーの「壷」を買う。この「カレーの壷」というのは前から気になっていたのだが、ペイスト状になった香辛料をココナツクリームと水で溶いて、 具を加えたら出来上がりという物らしい。どんな味なのか、楽しみだ。
ようやく雨も小降りになってきたようなので、運動も兼ねて三条烏丸から岡崎公園まで歩くことにする。 と、途中、喫茶店から相撲取りが出てきた。横綱・朝青龍のような気もしたが(「横綱 」という通行人の声が・・・)、相撲取りには関心がないので、 振り向きもせずに足早に三条通を歩き続ける。
思ったより濡れずに、観世会館に到着。

入り口では童司くんに切符をもいでもらったが、「こんばんは」と言いかけて「あッ」と言われる。後がなかったので、何が「あッ」なのかは不明のままだが、 顔を覚えてくれてるみたいで嬉しい。今夜の主役である千之丞さんとも会釈を交わしたが、こちらは覚えてくれてるかどうかはわからない。
座席はA席なのに、わりと前の方だ。中正面なので、 柱で隠れるところがあるものの、見易そうな席でラッキー。
千作さんと千之丞さんが一緒に出てくる曲があるのかと期待していたが、今回は別々の舞台だ。千之丞さんの「千切木」 は前にも見たことがある演目だが、「千作」さんの「枕物狂」は初めて見る曲だ。からっと明るい笑いを提供してくれる「千切木」に対して、「枕物狂」の方はほのぼのと温かい心持ちにさせてくれる曲で、 趣の違う二番を見せてもらって、すっかり堪能した。
いつもだったら、宗彦くんたち目当てで舞台に注目しているのだが、今回ばかりは自然と千作さんに目が行ってしまう。 見るたびに小柄になって行くようで、朝比奈さんの最晩年を思い起こして、一瞬たりとも見逃してはならないという気分になってくるのだ。このごろは動きの少ない演目が多いような気もするが、 そこに座っているだけでホワッとした空気を醸し出してくる辺り、さすがと言うしかない。
それに対するに、弟の千之丞さんはまだまだ元気一杯に舞台で暴れ回っている感じで、 どこからこのエネルギーが湧いて出てくるのか、不思議だ。二人の年齢を合わせたら170歳、孫5人の年を合計しても叶わない。
100歳になるお祖父さんの「老いらくの恋」を叶えてあげようと孫たちが力になってやるという「枕物狂」では、千作→←茂・宗彦の祖父・孫関係をそのまま舞台で見るようで、 なんともほっこりとした心持ちにさせてもらった。言葉では言い表せないくらいの、いい気分だ。
雨でしっとり濡れた京の町を味わいながら、帰途に着く。

真夜中に、メールアドレスの設定を変える。いままで使ってきたメールサーバーがたびたび通信障害に遭うので、昨年末に別のサーバーからフリー・アドレスを取得していたのだが、 このところ、ますます頻発するようになって我慢の限界に達した感じだから、乗り換えようと思うのだ。
とは言っても、こちらのアドレスでも障害が出るかもしれない。 しばらく使って様子を見てみようということで、複数のアドレスが併行して使えるOPERA付属のメールソフトに両方の設定をしておいて、メインのEudora に新しいアドレスを設定してみる。
とは言っても、まだinfoseek の転送アドレスを経由させているから、受信した人の目には変更したことはわからない。6月末にinfoseek が転送メールのサービスを停止する前に完全切り替えできるように、 調子のいいメールサーバーを見つけておかなくちゃ。

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3月9日(木)

夜、歯を磨いていたら、ポロリと虫歯の詰め物が取れた。少し前から、ちょっと浮いてるなとは思っていたが、まさか、歯磨きごときで外れてくるとは・・・。
唖然。
昨年10月に取れてしまったのをそのままにしていたから、一緒に治しに行こう。ついでができてよかった、ということか。

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3月8日(水)

入学願書受け付け、初日。受付時間が長いので、前半と後半の担当を分けてぼくは後半のに当たったのだが、どんな感じだろうと、しばらくは横で様子を眺めていた。 受付開始時間の前から志願者が集まってきていて、椅子に座って順番を待つ志願者がいつまで経っても途切れないのには驚いた。
ただ、はじめの40分でほとんどが出願を終えたのか、 担当を変わってからは、ぼくの出番はなかった(自分で調査書を持ってきた志願者に、中学校宛の受領書を渡す係)。が、定員120人のところ、初日にこれだけ来たんだから、 まずまずか。オーバーしたら落ちる子が出てくるから、あまり多くても困る。難しいところだ。

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3月7日(火)

来年度のスクールカウンセラーの勤務態様が怪しくなってきたということで、カウンセラー、相談係そろって校長のところに行く。
本校のカウンセラーは全日制の方と合わせて8時間という契約で来ているのだが、最近、非常に忙しくなってきたから、自分は夜の方だけにして昼は別の人に来てもらおうと、 知り合いに当たってOKをもらったところ、夜昼合わせてでないと難しいと教育委員会の態度が変化してきたのだという。ぼくたちとしては、定時制単独で来てもらった方が、 全日制の都合に左右されることなく定時制に専念してもらえて好都合なわけだし、第一、カウンセラーが突然変わるというのは、馴染んできた生徒にとってもマイナスだ。
ということで、校長から教育委員会に申し入れてほしいと話す。じつのところ、カウンセラーと言っても疑問に思うようなのが多い中で、いま来てもらっている人はかなりいい。この人を逃したら、 次はどんなカウンセラーに当たるか、わかったものではない。変わってもらっては困るのだ。
校長は早速教育委員会に出向いて話をしてきたそうで、それによると、文部科学省からは8時間、 あるいは12時間という「枠」で補助金を出すと言ってきていて、夜だけの4時間ではこれに該当しないことになる。いまは文部科学省に問い合わせ中で、返事待ちの状態だということらしい。 いつもながらのこととは言え、こうした役人の杓子定規ぶりが現場の足を引っ張るのだ。
校長は「生徒の命がかかっているのだ」と言ってきてやったというが、役人にどこまで通じるだろう。

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3月6日(月)

きょうの教育相談係ミーティングは、ぼくとスクールカウセラーと「係言いだしっぺ」の3人だけ。学年末の忙しい時期だからか、このところまあくんは休みがちでちょっと寂しい。 ぼくがこのミーティングにいそいそと参加するのは、彼のお顔がゆっくり見られるからなんだけど。
きょうは、江原啓之や美輪明宏、細木数子といったテレビで活躍する 「霊感師」「占い師」(江原はスピリチュアル・カウンセラーとか称してるのかな?いかにも、怪しげ)をネタに、軽い雑談に終始する。
ぼくが「江原は顔が・・・」 と口走ったら、カウンセラーに「先生は顔だけでしょ」とからかわれた。偶然、きのうのOGC例会でも「どうせ、顔だけなんでしょ」と指摘されたばかりだったから、 さすが、よくわかってる、と妙に感心してしまう。

時間数不足、点数不足の生徒に出しておいた補講課題の提出日。授業中のやる気ゼロの生徒については、締め切りの6時に遅れたら不認定にしてやろうと思っていたのだが、 その生徒は間に合って、わりと真面目に勉強していて時間数だけが不足した者がほかの科目の再試験を受けていたとかで、締め切りを大幅に遅れて持って来た。
なかなかこちらの意図した通りには、 ことは運ばないものだ。結局、補講を出した生徒全員の単位を認定することにする。

Naoから、給料をもらいに親方のところに行かなければいけないのに、雨が降っていて単車では行けないから、乗せてって、と電話が入る。 お気に入り卒業生と晩飯を食いに行くからダメだと断わろうとしたが、今から行けば間に合うと甘えてきた。というわけで、白タク。
約束の時間までに無事に戻ってきて、卒業生と落ち合う。 まさくんNaoを連れて行った焼肉屋に向かうが(じつは、彼の実家の近くだった)、定休日なのか、閉まっている。 それではと、卒業生の知っている焼肉屋に行ってみたが、ここは駐車場が一杯で車を停めるスペースがない。仕方なく、このところ味が落ちたと評判だという、(堺で一番有名?な) 「はや」に行く。ここは難なく駐車場に停められた。
北海道和牛を使ったという「こだわりの○○」コースを頼んでみたが、確かにあまりうまくない。 客が少ないのか、店内が静かなのはいいとして、一番高いコースだったのに、がっかりだ。それでもまあ、彼と差し向かいでゆっくり話をするのは初めてのことだから、いいとしよう。
「初めて」だったうえに卒業して9年も経っているというのに、話題が途切れることもなくいい感じで話が出来た。Naoとはよくうどんを食べに行くと言うと、 「一回連れてったやりや」と、この辺りで有名なカレーうどんの店を教えてくれる。最近、そばのおいしい店を見つけたそうで、「今度、その子も誘って、一緒に食べに行こうや」と言う。
店の前で写真を撮ってから、また今度、と約束して別れる。

夜遅く(と言っても、日付が変わって7日未明)、英訳論集の翻訳文を再チェックして、訂正部分だけを翻訳編集者にメールで送る。 翻訳文2nd.versionを送ってもらったのは1月中旬のことだったと思うが、『部落解放』の原稿があるからということで、「ごゆっくり」と言ってもらったのをいいことに、 だらだらと返事を延ばしてしまった。
ときどきは気になってちらちらと見てはいたのだが、いくらなんでも引き延ばし過ぎだろうと、本腰を入れてチェックしてみる。昼間チェックしておいたところを、 夜中、再検討して、改定提案を5項目に絞る。例によって、本気で読み直してみれば、チェックは一日で終了した。だったら、さっさとやれよな といったところだ。
やたら引き延ばしてしまって、申し訳ない。期限を切ってせかしてもらった方がよかったか。でも、『部落解放』の原稿でさえ、毎月、締め切りを数日遅れてるくらいだから、おんなじことかも。

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3月5日(日)

OGCの例会。先月と同じいつもの参加者3人で、のんびりおしゃべりする。
「寝床」の掲示板に、「黒ひげ危機一髪」のレイザーラモンHG版に対する抗議活動について疑問を呈する書き込みがあったけど、 どう思う?と聞いてみる。と、やはり、「黒ひげ」を問題にする前にレイザーラモンHGそのものについて議論すべきなのではないか?というところで、3人の意見が一致する。
じゃ、HGについてどう思う? と重ねて聞いてみると、オネエのようなゲイ・イメージだけでない、いろいろなゲイのイメージ(の一つ)を世間に知らしめたという意味で、一定限度評価してもいいのではないかというところで、 これも3人の意見はまとまる。
もちろん、HGを見て批判的な意見をもつ人も出てくるだろうが、どんな「ゲイ・イメージ」を提示したところで、必ず誰か、「それは違う」 と怒り出す人が現れるに違いないという点でも、3人は一致する。
河村くんからは先日のシンポジウムのことも聞いたが、 そこから、いつものように、これから先の(歳を取ってから、ということね)ゲイのライフ・スタイルのこと、家族との関係の取り方などなどへ、話題は移っていった。
シンポジウム終了後(?)に、河村くんが共通の友人(ぼくとも河村くんとも、まさくんとも)のところにやって来てしゃべっていたとき、 まさくんはその前に座ってたんだって、と言ってみたが、まさくんの方から名告り《なのり》を上げたわけでもないから、まったく気がつかなかったという (「言ってくれたらよかったのに」)。
ぼくが今までに好きになった男の何人かを知っている河村くんは、「少年のような女の子に見える男の子」 というぼくの理想像キャッチフレーズには納得がいかない、ただの「男の子」としか思えなかったと言う。だからこそ、「まさくん」とはどんな人なのか、興味があるらしい。
QWRCのスタッフくんからは、彼の知っている過去のぼくの片思い相手を引き合いに、「どうせ、顔だけなんでしょ」と突っ込まれる。図星だったりするから、笑ってうなずくしかない。
まさくんもOGCの例会に来たらいいのに」とも言われたが、こんなにみんなから注目されているとなると、来にくいだろうな。まあ、ぼくがこれだけまさくんまさくんと言ってたんじゃ、見てみたくなるのも仕方ない、か。

OGCの例会から戻ってくつろいでいたところに、Naoから電話が入る。先日、五条方面に車を走らせたときの帰り道で見つけたパスタの店がかなり安かったから、そこへ行こうと言うのだ。
いつものように、途中でコンビニに寄ってアイスクリームなどなどを食べる。最近、Naoはセブンイレブンのソフトクリームにはまっているのだ(「ソフト」とは言え、 冷凍庫に入れてあるので固まってるが)。ぼくはハーゲンダッツの抹茶アイスを買う。まさくん行きつけのパスタ屋のマスターが抹茶アイスに執着していて、 このハーゲンダッツの抹茶アイスのようなのを自分も作ってみたいと言っていたというから、どんな具合だろうと試食してみたのだ。
確かに、くどくもなく嫌な苦味もない。 こうした商品としては、上品な抹茶に仕上がっている。ただ、そんなに大きなカップではないのに、食べ終わるころには飽きが来る。最近、抹茶を使ったお菓子がやたら多くなったように思うが、 最後まで飽きさせずにおいしさが持続できている物は少ないように思う。抹茶の茶葉の問題か、製造方法の問題か。そもそも、抹茶を大量に摂取することに無理があるのか。
パスタ屋では、スープ、サラダ、ドリンクバー&デザート付きのセット980円というのを頼む。確かに、安い。さらにピザも一つ頼んで、二人で分け合う。満腹。
帰り道では、例のごとく、Nao熟睡。

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3月3日(金)

きょうは、Naoのクラスの最終授業と、2年の通信制現代文の再テスト。ぼくがもっている授業は、これですべて終了となった。あとは、補講の課題を生徒が持ってくるのを待って、 合否の判断を下すだけだ。
きょうの再テストを受けたのは一人だけだったが、ぼくのお気に入りだった彼の連れが2月のはじめに退学してしまったから、 その後どうしてるか聞いてみようとテスト後に話しかけていると、前の時間に間に合わなかった1年生が「テスト、返してや」と言ってきた。邪魔が入って、肝腎のところまで話を進められずに、残念。
テスト終了直後、きのうの再テストの答案を含めて採点する。「受けさせてやらん」と言ってはみたものの、学校のシステムとしては採点しないわけにはいかない。その後、当の本人たちとも顔を合わせたが、 普段どおりの挨拶を送ってきて、本当に「不認定」になることはないと知っているような風だった。
たいして「お灸」にはならなかったか。

何度も「飯食いに行こうや」と電話をくれた卒業生に、連絡を入れる。風邪は完全に治ったとも言えないが、せっかく声をかけてくれたのだから、いつまでもほっておくわけにもいかない。
次の月曜、焼肉を食べに行くことに決める。大阪人は何かと言うと「焼肉」を食べたがる。ぼくには理解不能だが、本当に焼肉が好きだ。

まさくんに「夕食でもどう?」と連絡を入れる。家に帰り着いたころ、「聞いてもらいたいこともあるし・・・」と電話がかかってくる。彼は軽く夕食を摂った後だったというが、 以前、閉店間際に行って気に入った岸和田のレストランで、きょうはちゃんと食べてみようと南に向かう。
まだ時間も早かったからお客さんがたくさんいて、前に二人で話していたように、 テーブルと椅子の数が多すぎて窮屈な感じがするだろうというのを実感する。せっかくお洒落な作りにしてあるのだから、もっとゆったり配置したらいいのに。
ぼくの方は夕食をまだ摂ってなかったから、 メニューに載っている珍しい料理をあれこれ頼む。サツマイモをトッピングしたピザというのが面白そうで頼んだが、ちょっとチーズには合わない。チーズをやめてバター味にしてみてはどうでしょう? とアドヴァイスをアンケートに(まさくん)書く。親切な客だ。
「鯛のお茶漬け」というのは、うまかった。
それで、 まさくんが聞いてほしいという話は、お父さんの体調のことで、生まれて初めてお母さんから手紙が送られてきたという。 度を越して厳しかったお父さんとの「闘いの歴史」はまさくんから聞いているが、さまざまな葛藤があったからこそ、なんとも言えない複雑な心境になったに違いない。 彼自身の体調もよくないときだが、近々実家に行ってみるという。
ちょうど、堺に戻る途中には「祥福の湯」があるので、温泉につかってゆったりと体と心をほぐす (ラッキーなことに、きょうのお客はわりとイケ面が多かった)。あまりにのんびりくつろいでいて、「すいません。閉店時間になりました」と言われてしまったくらいだ。
風呂につかりながら、2月26日のシンポジウムの様子もいろいろ聞いたが、河村くんの話が一番面白かったという。きょうの毎日新聞に載っていた報告記事では、 パネリストの一人である河村くんの発言はひとことも紹介していないが、それは、記者が「被差別者のかわいそうな話を聞いて同情したがるヘテロ」 の気に入るような記事を書きたかったからに違いない(泉谷由梨子署名記事)。
マンションを買うときに、自分はゲイであること、 同性パートナーと住むためのマンションであることを(必要に迫られてではあったが)伝えたときの両親の反応とか、パートナーの両親の対応とか、 河村くんのケースはなかなか面白い話なのだ。暗いケースばかりがクローズアップされる中で、けっこううまく行く場合だってあるのだという事例を知ることは、時代の変遷が実感できるだけでなく、 これからの方向性を考えるうえでも有益なことなのに、新聞記者はそういった「明るい話」はお嫌いなのだろう(バカモノ)。
QWRCが作った「緊急連絡カード」も会場で配られたとのことで、 まさくんは「平野さんも、書いといてくださいよ」と言ってくれたが、ぼくもいざというときのために、まさくんにぼくの名を書いておいてほしいと思ってたところだ。
まさくんはお風呂に入っているときだけは仕事のことも忘れて、頭を空っぽにしてリラックスできるという。体調も少しましになってきたから、 職場復帰に備えて少しずつ顔を出していく予定だということだが、彼にとっても職場にとっても必要なことだとは言え、ぼくとしては無理をしないでほしいとも思う。
おいしいウーロン茶を手に入れたそうで、近いうちにお茶会をしようと約束して、「おやすみ」。

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3月2日(木)

夜中に救急車を呼ぶこともなく、無事に夜が明ける(と言うか、起きたときには、当然、日は高々と上がってたんだけど)。ともかく、よかった、よかった。

今度の入試に備えて、資料を持って中学校を訪問する。中学校を卒業する生徒が減り出したころから、各教員が分担して、こんな風に「営業」に回るようになったのだ。
アポイントも取らずに突然訪問したのに、進路担当の先生は快く対応してくれる。「定員をオーバーしないかどうか、それだけが心配で・・・」というのが、中学校の本音のようだ。 私立や全日制を落ちた生徒にとって、定時制は最後の砦だ。そこを落ちてしまったら、本人にしても教師にしても、いたたまれない。「絶対に落ちないところ」を受験させたいと考えるのは、 当然のことだ。
こちらとしても、オーバーすると不合格者を出さなければいけないことになって大変だが、あまりに応募者が少ないのも困る。オーバーすることはないだろうとは思うが (26年の在職中に、一度だけオーバー。志望学科を変わってもらったことが数度)、蓋を開けてみないとわからない。
うちの学校に対する「評判」はよさそうだという感触の中、気持ちよくお話をしてお暇する。

きょうの授業は、定時制2年のテスト返しと通信制2年国語表現の再テスト。再テストというのは、本来は、指定の日によっぴきならない用事があって受けられなかった者のために設けられたシステムだが、 きょうの「受験生」は、前の時間のテストは受けてたのに途中で帰ってしまった連中だから、ほかの教師は認めてもぼくは気に入らない。
わざと遅れて試験場に入り、「途中で帰るなんて、どういうこっちゃ 理由を言ってみぃ」と意地悪く聞いて回る。予想通り、納得できるような理由が返ってこなかったから、 「受けさせるわけにはいかんなあ。不認定やな」とテストペーパーを渡さずに、そのままほっておいた。
しばらくして、ペアを組んでいるもう一人の国語教員がやってきたので、 「答案用紙は、前の机に置いてあります」と言い残して部屋を出る。あとは、知〜〜らん、と。

学校が終わってからNaoとドライブ、「うどん道場」に行く。・・・が、カッコいい店員はいない。
やっぱり、辞めちゃったのか・・・。二人で残念がる。

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3月1日(水)

年に一度の卒業式だというのに、あいにくの雨だ。天気予報が見事に当たってしまった。夕方になれば小降りになるかと期待したのだが、ザーザー降りのままだ。
卒業する生徒から「袴、穿いてきてや」と言われていたから着物で出席するしかないが、この雨では、家から袴で、というわけにも行かない。一式を風呂敷に包んで持ち込み、保健室で着替えさせてもらうことにする (悪天を予想して、保健室はきのうから予約済み。念のために、図書室から着付けの本を借りてきてくれていた。サービス満点)。
卒業生集合時間の30分くらい前から、 保健室に籠もって着替える。手伝ってくれたから、いつもよりうまく着られた、と思う。ぼくの袴は乗馬袴というのか、スカートみたいなのではなくて脚が分かれているやつだから、 中に着込む着物の裾を少し上げておかないといけない。下帯も二回ずつ巻くことになって、下手すると胸の合わせ目がユルユルになってしまうのだが、きょうはしっかりと着られた。
逸平くんは、狂言師の着付けを実演してくれたとき「帯は、一番上の着物を留めるときに一度締めるだけで十分」と言っていたけれど、どうしたらそんな神業ができるのか?ぼくには、真似の出来ない芸当だ。 逸平くんの実演は、あまりに素早くて、呆気に取られているうちに「出来上がり」。まさに、「目がパチクリ」だった。
袴用の帯結びもなんとか結び上がり、袴帯の十字結びも綺麗に仕上がって、 卒業生が待っている控え室に向かう。4年制に残った生徒は総勢でも9人だけだから、「(3年より)遅くてもいいよ」と言っておいた通り、4年生は半分も来ていない。 元・お気に入りNo.1のSも、当然、まだだ。だが、式の開始時間ぎりぎり前くらいには(ぼくのクラスの一人を除いて)みんなそろって、 時間通りに体育館に入場。いつものように卒業式は始まった(「いつものように」というのは、「君が代」のときにぼくだけ座を外す、ということだ)。
ぼくは、担任生徒の名前読み上げと、 表彰される生徒の読み上げを4年・3年とも併せて担当した。担任の生徒名はそらで言えるが、表彰生の方は人数も多いことゆえ、「一覧表」をおもむろに懐から引き出して読み上げる (ちょいと、カッコいい)。こういうときに着物は便利だ。
今年の卒業式では、「答辞」を3人で読んだ。「読みたい」と言ってきた3年生が2人いて互いに譲らなかったから、 バランスをとるためにもう一人を指名して、機械科・自動車科・建築科それぞれの「代表」が順番に読み上げるという形をとったためだ。互いに譲らない、と言っても、 それほど型破りで面白おかしいことを述べたわけではなく、単に、それぞれの「思い入れ」を最後に吐露しておきたかったということだったようだが、ともかく、「3人答辞」というのは初めてのことだ。
それにしても、そのうちの一人が1年のときに世話になった担任教員の個人名を挙げて「ありがとうございました」と叫んだのは前代未聞のことで、さまざまな評価(?)を呼んだ (要は、 読み上げられた教員に対する他の教師の「評価」の問題だが、まあ、批判するわけじゃないからいいんじゃないの?といった感じで、 「事前チェック」をパスしていたのだった)。
例年のように、ぼくは校歌斉唱はパス(歌おうと思えば歌えるのだが、団体帰属を強要する歌は歌わない)、 「蛍の光」だけを歌って、卒業式は無事終了。後片付けの済んだ体育館で(背景に「日の丸」が入らないように・・・)記念写真を撮ってもらって、解散。
記念撮影を終えた3年生が「先生の授業、おもろかったわ」と握手を求めてきたから、少し立ち話をしたけれど、それ以外にはこれといった「事件」もなく、全体としては淡々と進行して淡々と終わる。

卒業式は平穏無事に終わったが、風邪薬の副作用なのだろう、妙に胸焼けが激しくなってきた。昼と夜にレトルトカレーを食べたこともあるだろう(かつて、 「サラダ油を使ったカレーは胸焼けがする」とルーデリーのオーナーが言ってたっけ)、卒業式に配られた紅白の饅頭を食べたせいもあるだろう(安物の饅頭は胸焼けする)。 ともかく、こんなにきつい胸焼けは生まれて初めて、というくらいに、鳩尾の辺りがキリキリと痛むのだ。胃潰瘍て、こんなんかしら?胃に穴が開くかも・・・。
風邪で伏せっているころから軟便が続いていたから、きっと胃腸が弱っていたのだろう。普通、医者は胃腸の調子も見ながら薬を出すものだが、今回の風邪薬は、そういう点ではぬかった、のかも。 いい医者だと思ってたけど、アカンじゃん。
夜中に救急車を呼ぶことになりませんように、と祈りながら、Takeを横っ腹に抱きかかえて寝る。

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→徒然硯