徒然硯

徒然日記――2004年12月(毎日書くとは限りません。念のため)

             
2004年11月 2004年10月
2004年9月 2004年8月 2004年7月
2004年6月 2004年5月 2004年4月
2004年3月 2004年2月 2004年1月
〜2003年12月
2002年

Valid HTML 4.01!

12月31日(金)

大荒れの大晦日となった。雨と風が強い。天気予報では「雪」となっていたようだけれど・・・。
少しの合間を縫って、今年最後のヤフーオークション代金を振り込みに行く。ちょっと変わったデザインのレザージャケットだ (男性用として出品されていたが、右前になっていたから、たぶん、女物)。ついでに近所のスーパーにも寄って、元旦のお茶菓子と牛乳を買う(例によって、余分な物も買ってしまったが)。 牛乳は「ひと味ちがうおいしい牛乳」という名前の、ノンホモ・低温殺菌のやつだ(均一攪拌してないから、しばらく置いておくと、上にクリームが浮いてくる)。
年末・正月だからといって特別な食べ物を買うつもりはないのだけれど、 店頭商品が許してくれない。せっかく、やっとのことで新庄くんの「モーニングサーブ」が並びだしたと思ったら、年末商戦には似合わないのか、引っ込んでしまった。年が明けたら復活してくれるのかなあ??もっと買い溜めしておけばよかった。

夜は、OPERAから消えてしまった各種URLを、Firefoxから復活させる作業を続行した。新聞各社、テレビ各社、レコード会社関係、ソフトウェア入手先等々。初めて開いてみたURLもあったが(NHKとか、日テレ)、 テレビ東京を移行するときに、「そう言えば、かわいい(かわいかった?)池谷亨アナはどうしてるだろう?」とアナウンサーコーナーを探してみた。と・・・。いない。辞めちゃったのかしら?番組で大っぴらにカムアウトしてたから?
Googleで検索をかけてみたら、アナウンサーから報道局に移っていたことがわかった。やっぱり、「外」には出しておけない、てことになったのかな?
などなど、面倒くさい作業をしながらも、けっこう遊ぶ。
年末年始はくだらないテレビばっかりで見るものがないと嘆きつつ、夜中の11時過ぎに昼食兼夕食を摂ってから(なんせ、「朝食」は夕方の5時過ぎだった)、テレビ東京の「ジルベスターコンサート」のカウントダウンを見る。 今年はラベルの「ボレロ」を演奏しながら、12時きっかりに最後の音符を打ち鳴らすという趣向らしい。毎年、時報と最後の音符がきっちり一致するのが不思議でならないが、オーチャードホールでの生演奏だから、本当なんだろう。
指揮は今年も大野和士だが、思わせぶりな「にこやか笑顔」がいけない。舞台では西嶋千博が踊っていたが、これでは、ベジャールのパクリではないか?「盗作」というほどそっくりではないものの、基本的なステップというか、 発想がおんなじだ。こんなん、許されるのか?
などなど、悪態をつきながらも見ていると、今年も最後の音符が12時ピッタリに鳴らされて、めでたしめでたし。よっぽど練習するのかな?
感動(?)のあまり泣き出す女性アナウンサーに呆れ果てて、 ぼくはテレビのスイッチを切る。で、「年明け」最初にかけたCDは、ベーム指揮の63年「フィデリオ」。

12月30日(木)

まだ売ってるじゃん、シュトーレン。パン屋さんではクリスマスまでの限定販売だと言っていたのに、きょう、たまたま寄ってみたら、まだ売っていた。まあ、熱田さんの話では、ドイツでは1月6日ごろまでクリスマス行事が続くということだし、 シュトーレンは夏ごろから売り出しているともいうから、12月30日に売っていてもおかしくはないのかもしれない。
きょう、パン屋に寄ったのは、溜まりに溜まった家賃の振込みをしに銀行へ行ったついでに横を通ったからだ。4ヵ月分を振り込んできた。 これでやっと、大家さんが望んでいるように、翌月までの分が振り込めた(3時を過ぎていたから、入金は1月4日になってしまうが)。
銀行に余分に儲けさせるのは腹が立つから、振り込み手数料がタダになるかと思って、わざわざ、大家さんが口座をもっている銀行のその支店まで口座を作りに行ったのだが、 どうも、その支店のATMからでないと無料にはならないらしい。どういうわけか、その支店は大阪駅より北にあるので、行くことなんてほとんどない。ついでの用事があるときまで待っていようとすると、いつの間にやら使い込んでしまうという事態が続いて、 半年くらい溜まると遠慮がちに「お支払いをお願いします」というFAXが届くという、妙な関係が続いていたのだ。
年末を迎えることでもあるし、ここらでせいせいしておこうと、振込みにきょう行ったわけ。当該支店まで電車で行くか車で行くか、あれこれ考え込んでいたのだが、 ネットで調べてみたら、なんと金額の多少に関わらず手数料は100円になったんだという(昔は3万円以上になると、ボンと跳ね上がったものだ。もったいなや、もったいなや)。な〜〜んだ、それじゃ、近所の支店に行きましょうということで、一件落着。自転車で用が済んでしまった。
ネットオークションでくだらんものを買い込んで散在しているくせに、こういうところでは妙にケチなぼく。

インターネットを見ていたら、突然、「OPERAが問題を生じたので終了します」てなことになって、閉まってしまった。ところが、きょうはそれだけで終わらずに、青地に白抜き英字の「強制終了&チェック画面」が現れた。 あなたのコンピュータを守るために・・・とかなんとかいう、恐ろしげな画面だ。XPはときどきこんな風に勝手に終了して、勝手に修復してくれるとかいう話なので、最近はだいぶ鳴れっこになってきたのだが、ところがどっこい、きょうは、 これだけでは済まなかった。
再起動してOPERAを開いてみると、なんと、お気に入りページのURLがすべて消えている(「Hiro-peeの寝床」も含め)。あるのは「ごみ箱」だけだ。ええ??どういうこと?
OPERAには、新聞各社(朝日、毎日、読売、 産経、日経、日刊スポーツ、共同通信、ニューヨークタイムズ、ワシントンポスト、CNN、Tech Web、NNA)、テレビ各局(東京のばっかりだけど)、大手レコード店(タワー、HMV、Wave・・・)、プレイガイド各社などなど、 ネットサーフィンするのに便利なURLが10ばかりのフォルダに整理されてあらかじめ収められていたのだが、それもきれいさっぱり消えている。さっきのXP修復作業の中で、OPERAが壊れてしまったに違いない。
慌ててライブドアのOPERAホームページから、 ダウンロードし直す。が・・・。どういうわけか、「Japanese」を指定しているのに、英語版が落ちてくる。焦った。OPERAには慣れてきたから、英語版でもふだんの使用には支障はないかもしれないが、右クリックでいろんなことをするのには、やっぱり日本語が要る (Internet Explorerなんかが足元にも及ばないような様々なことが、OPERAではできちゃうのだ)。
何度も失敗をした挙句、やっと、日本語版のOPERAがダウンロードできた。やった・・・、と思いきや、やっぱり、 いろんな情報が詰まったURLの宝庫は消えてなくなっている。7.5にヴァージョンをアップしたときに、それらのURLを載せること(たぶん、全部で100くらいは入ってたと思う)は止めてしまったのか。いったい、進化したのか、退化したのか・・・。
ま、それはそうと、まずはぼく個人が溜め込んだURLを復活させなければならない。幸い、この間MozillaのFirefoxを入れたときに、OPERAのお気に入りURLをそっくりそのまま導入しておいたから、URLのデータは残っている。よかった・・・。だが、 OPERAからFirefoxにコピーしたときみたいに、一括してOPERAに戻す手立てはないらしい。双方向の互換性はないようだ。
仕方ない。一つ一つ手作業で移行だ。ああ、しんど。

12月29日(水)

←寝たまんまのTake。きょうは、ぼくが布団から出たあとも、首だけを出して横になっていた。冬はいつも一緒に寝ているのだが、 布団に入ったままでいるのは珍しい。
最近は、歳をとったせいか、ほとんど外にも出ずに家の中、それも、だいたいはぼくの足の上に乗っている。夜中も、ぼくがコンピュータであれこれやっている間中、ひざ掛け代わりにかぶっている布団の上で寝そべっている。 そして、ぼくが寝ようと布団を整えるときになって初めて布団から降りて、ぼくが布団に潜り込むのと同時にベッドに飛び乗ってくる。左側からぼくの胸の上を乗り越えて右に移動、ぼくが横向きになるのを待って、 ぼくの胸に体を押し付けながら片手をぼくの腕に乗せて喉をごろごろ鳴らす。しばらくそんな体勢でごろごろ言ったあと、ぼくの右肩の辺りで丸くなって熟睡を始めるというのが、Takeの就寝の「作法」だ。
朝は、だいたいぼくよりは早く起きているのだが、 きょうはぼくの方が早かった。そこで、「記念写真」を撮ってやる。

写真展でのきのうの新庄くんの会見模様が、ネットでダウンロードできた(部分的に、ではあるけれど)。わりとまじめな感じでインタヴューに答えているようだ。
カッコいい、というより、その内容に感じ入った。彼は派手で目立ちたがり屋だと思われているが、 それも少しはあるとしても、プロ野球を盛り上げるために自分ができることを精一杯したのだと思う。今年の野球界ではさまざまな出来事が次々起こって激動の一年だったわけだが、ほかの選手たちも、 新庄のようにファンを楽しませるためならナンでもするという覚悟をもっていたのなら、プロ野球がここまで落ちぶれることもなかったはずだ。彼ほどエンターテインナーに徹した野球選手は(日本には)いなかった。
古田も立派だったかもしれない。 イチローも大記録を打ち立てた。だが、これからの野球を救うのは、新庄のような積極的な明るさだろう。彼のことをきちんと評価できないようじゃ、これからもプロ野球界は没落の一途をたどるしかない。

12月28日(火)

きょうから池袋のパルコで新庄くんの写真展が始まった。札幌でも11月にやったものだが(3万人が入場したという)、残念ながら関西ではやってくれない。行こうかとも思っていたのだが・・・。
行けない代わりに(?)、 新庄人形のユニフォームを縫い直す。だぶだぶでカッコ悪いから、ちょいと縮めようというわけだ。ところが、いざ、針と糸を持ち出してみると、読書用に度を緩くしたメガネでも見にくいのだ。唖然。ここまで老眼がすすできたとは・・・。
メガネをかけたりはずしたりして、 なんとか修正してみる。全部解いて縫い直したわけではないから細かなところが変になってしまったし、縮めたつもりでもまだユルユルなところもあって、本当にカッコいい新庄くんにはならなかったが、少しはましになっただろう。最初から、 ちゃんとピッタリのを作っといて欲しかったな。

夜、Spybotを導入する。勝手にこちらのメールアドレスとかを盗み出して、変なメールを送ってくるスパイメールを発見して駆除するソフトだ(たぶん、そういう物だと思う)。ずいぶん前にプログラムのURLは保存しておいたのだが、 使用方法の説明がなんか面倒臭そうだったので、数ヵ月ほっておいたのだ。
きょう、説明文を読んでみたら、それほど面倒なことでもなかった。ダウンロードの仕方と(英語版から日本語版に変換する方法も含め)、 簡単な使用法だ。早速、インストールしてみる。
よくわからないけれど、なんか面白そう。しばらく、これで遊んでいたら、朝になってしまった。

ついでに、大萩くんの大きな画像を使った壁紙を再ダウンロードする。(ウィルス?にやられたせいで?)PCを初期設定に戻したときに消えてしまったお気に入りの壁紙で、Victorから出たコンピレーションCD「MIRAI」 についてのアンケートに答えることでダウンロードできた物だ。
アンケートのためのURLも消えてしまったし、どうやって復活したらいいかわからずにいたのだが、ファンサイトをやっている人のホームページから「MIRAI」のページにリンクしていることがわかって、 もう一度アンケートに答えられるものなら試してみようとやってみた。一度しかできないのかと思っていたのだが、難なく再挑戦できた。アクセス回数とかをチェックしていないみたいだ。
が、画像サイズを間違えたり、 貼り付けサイズを間違えたりして、三度もやり直す。そのたびにアンケートに「お答えした」のだが、引っかからなかったようだ。ラッキー。
やっぱり、大萩くんの壁紙は美しい。満足。

12月27日(月)

作業所が休みに入る前に寄っておこうと思ったのだけれど、結局、行けずじまいに終わった。まさくんにそのことをメールしたら、「来なくてよかったですよ。もう、きょうから休眠に入ってます」との返事が返ってきた。ぼくと彼との「絶妙なタイミング」 は、いまも生きていた。すごい
いつも忙しそうに働き続けてきた彼らだから、年末くらいはゆっくりできるといいんだけど。まさくんはお正月はお母さんの実家に帰っているから、大阪にはいない。十分静養して元気になって戻ってこられたらいいな。
それはそうと、インドネシアで大地震が起きたという。きのう、「OGCにゅうす」の作業から帰ってきて、ニュースを見て知った。はじめはピンと来なかったのだが、そう言えば、夏にまさくんたちが招いたサリアニさんがインドネシアの人だったということを思い出して、 慌ててメールする。と、もう一つの作業所のスタッフさんがこの27日から、贈呈するコンピュータを持って訪問することになっていたんだという。こういう事態に遭遇して、彼女はますますファイトを燃やして現地へ向かうと張り切っているらしい。 ぼくなんかにはとっても真似のできない話だ。

12月26日(日)

「OGCにゅうす」の印刷発送作業。睡眠不足で起きたから電車でドーンセンターに行こうと思っていたのだが、なんやかやしているうちに遅くなってしまった。荷物も多いことだし、車でドーンセンターに向かう。
が、熱田さんも河村くんも、 少し遅れてきた。二人は携帯電話で「遅れる。よろしく」「こっちも遅れる」なんて連絡し合っていたそうだが、「肝腎の平野さんが携帯持ってないんじゃ、しょうがないじゃない」・・・。確かにね。わかってたら、のびり電車で来てたかも。
きょうは河村くんのパートナーも珍しく一緒に来てくれたので、4人で作業ができた。印刷機が空くのを待って、さっさと済ませる。
熱田さんのパートナーはドイツ人なので「シュトーレン、知ってる?」と訊いてみる。河村くんも「最近、 どこのパン屋さんにもシュトーレンが置いてあるけど、いったい、何?」という疑問をもっていたようだ。ドイツでは、近所のスパーなどにも置いてあるような平凡なお菓子だという。日本でもったいをつけて売っている高いのより、 ドイツのスーパーの安物の方がうまいらしい(やっぱり・・・)。
「便秘」のことも話題に上って、ぼくがこの間の糞詰まりの話をしながら「硬さは、柔らかめの八丁味噌みたいだった」と言ったら、「さすが (愛知県出身)」 と感心(?)される。ぼくが最初に出会った「男」が「結腸の辺りからは便通のための潤滑油が出ているはずだ」という説を唱えていたことを紹介したりて、しばし、便秘と便通のことで話が盛り上がる(?)。

作業の後、いつものように古本屋に寄る。と、大将の前にどんと腰を下ろして話し込んでいるジイサンがいた。なんでも、家には本が何トンもあって家中に積み上げてあるだの、工芸品も山のようにあるだの、大風呂敷を広げている。
もうじき棺桶に足を突っ込むだろうから、遺産の処分方法についてしゃべっているのか、たんなる蔵書自慢をしているのか。工芸品は欲しがっても本なんか欲しがる奴はおらん、(高価な工芸品など)誰がやるもんか、なんて息巻いている。 「仁清」がどうのこうの言っているが、一介の市井人のところに本物の「仁清」があるわけがない。
そんなことはどうでもいいことだが、このジイサン、大将の前から動こうとしない。座りっぱなしだ。狭い店内だから商売の邪魔になるのに、 まったくお構いナシで勝手に一人でしゃべっている。たぶん、大将も困っていたのだろう。いつもより余計にまけてくれた。
このジイサンがしゃべっていたのは三河弁だが、懐かしいというより、泥臭くって・・・。 特にこういう鈍感な田舎モンがしゃべっているとなると、なおさらだ。情けない。

121月25日(土)

京都は北山の工芸芸術大学に行く。茂山家若手6人による「TSUBOMI」公演だ。6人はTOPPA! という名前でもやっていたけれど、今回は「TSUBOMI」。「花形狂言会」に発展していくのか、どうするのかといった、これからを占う公演であったらしい (らしい、というのは、ぼくは案内状をきちんと読みもしないで、ぼんやりチケットをゲットして出かけて行っただけだったから)。
この間の千之丞さんの傘寿記念狂言会は遅刻してしまったから、きょうこそは、 というわけで、ずいぶん早めに家を出た。早すぎて、大学内の「春秋座」に着いたのは開場の40分も前、3時50分ごろだった(開演は5時)。
仕方がないから、待合カフェで持ってきた本を読む(ぼくはふだん、 列車の中では居眠りすることを楽しみにしている人なので、本を持って出ることはほとんどないのだが、きょうは「OGCにゅうす」で紹介するのに間に合ったらいいな、ということで、『クリス・アナザー・ストーリー』を持って出たのだ。 レッドリボンさっぽろが関わったAIDS患者の物語)。・・・と、外のテラスで頭を下げる人の人影が・・・。見ると、宗彦・逸平兄弟のお父さんの七五三《しめ》さんだ。顔を覚えてくれたのかしら、 こっちも頭を下げないといけないかな?と喜んで下げたら、どうも、ぼくの後ろにいた人に下げてたみたい。すぐ後から、「その人」がテラスに出て挨拶をしていた。な〜んだ。ぬか喜び。

やっと時間が来た。しばらくやり過ごして、開演15分前に入場する。切符もぎには茂くんと童司くんが立っていたから、ぼくは童司くんにもいでもらう・・・とは言え、じつは、一瞬、「誰?これ?」と思ってしまったのだった。 メガネをかけて帽子をかぶっていたせいか、なんか変わった感じの子が立ってるなあと思いながら、切符をもいでもらってから、気がついたのだ。間抜け。
席は、なんと、3列目のど真ん中。本当にこんなど真ん中でいいの?間違ってない?と、 最初はちょっと落ち着かなかった。かぶりつき、というやつに近い。
演目は古典の「武悪」と、新作の「「笑い茸」「妙音へのへの物語」。
「武悪」は怠け者の武悪を成敗して来いと主人に申し付けられた太郎冠者が、どうしても成敗することができずに、 成敗したことにするから主人の目の届かない地方に引っ込んでいろと忠告しておいたところ、清水寺近辺でばったり出くわしてしまうという話だ(武悪は命の助かったお礼参りに、主人は成敗できたことを喜び遊山に)。
きょうは太郎冠者を宗彦くんが、武悪を逸平くんが演じたのだが、無理難題を押し付けられて苦しむ太郎冠者、成敗しようとしながらどうしても刀を振り下ろすことができない太郎冠者と、太郎冠者の窮状を見ておとなしく観念する武悪との緊迫したやり取りが、 ぞくぞくするほどの見せ場を作り上げていた(汗かきの宗彦くんは、始まった直後から大粒の汗をポタポタと)。こんなにすごい掛け合いがあったんだったかしら?と、いつもうろ覚えのぼくは目を白黒させてしまったくらいだ。
ところで、武悪と太郎冠者とは「言い交わした仲」だという台詞に前から??を感じていたのだが、きょう、息がぴったり合った二人の緊迫した掛け合いを見ながら、やっぱり、彼らはできていたんだろうという「結論」に達した。 この時期の古典には男色関係を潜ませた作品があるというから、あり得ないことでもないだろう。
「笑い茸」は戦争に向かいつつあった時期を舞台にした「現代劇」狂言だ。フロックコートの医者(童司くん)、燕尾服の執事(茂くん) と紋付袴の侯爵(正邦くん)の三者三様が面白い。のはずだが、茂くんの蟹がつぶれたような蟹股よちよち歩き、大仰な台詞回し、童司くんのリバーダンス張りの(?)両腕を脇にぴったりつけたままのぎこちない動きなどなど、狂言の様式を大きく外した所作に、ちょっと違和感を感じてしまった。
話の筋としても、もう一ひねりあるのかと期待していたのだが、笑い上戸になる茸を配合した屠蘇で酔っ払っちゃったよ、という程度のオチで終わってしまったのも残念。「戦争前の暗い世相を忘れ去る」程度では、ちょっと・・・。せっかくなら、 戦争批判の意をもう少しはっきり出して欲しかった。
「妙音へのへの物語」を見るのは2回目だ。御伽草子から千之丞さんが想を得てこしらえた狂言だ。ひょんなことから、へのへの仙人より「屁」をひりだして世にも妙なる音楽を奏でる術を教わって長者になった男と、 それをまねして大失敗する怠け者籐太の落差が面白い。ことに、宗彦くん籐太のものぐさ振りが、まるで本人さんがそのままものぐさなのかと思わせるほどにピッタリはまっていて、おかしいやら、感心するやら、改めてカッコいいと惚れ直すやら。 狂言の表現から少しはみ出していると思われる表情も、彼が演じると気持ちよい。
宗彦くんは最後の全員トークでも「茂山家の新庄を目指して・・・」なんて言っていたけれど、新庄くんが話題に出てきたのも、新庄ファンとしては嬉しい限りだ。 野球の世界に留まらない影響力を発揮するところが、新庄のすごいところだ。
休憩時間に来年のカレンダーを買った人には抽選でクリスマスプレゼントが当たるということだったが、なんと、宗彦くんからのプレゼントには、 彼が使い続けてきた扇が出品された。ぼくは、籤運が悪いしカレンダーはこの間買ったばかりだしということで買わなかったのだが、こんなビッグプレゼントが飛び出すとわかっていたなら、外れを覚悟してでももう一本カレンダーを買うんだった。後悔、 後悔、大後悔。
終わってから、知り合いのファンと久しぶりにお話しする。彼女はぼくよりずっと熱心に茂山家(特に茂くん)&能楽師のおっかけをしている。この正月も、元旦からあちこちの神社に追っかけしに行くらしい。 おっかけ仲間が1月3日の「天空狂言」に行けなくなったんですけど、代わりにどうです?と聞いてきたから、予定はしてなかったものだが、譲ってもらうことにする。天空狂言に行くのは初めてのことで、楽しみだ。
途中三条京阪まで、 一緒のバスに乗って帰る。

京都から帰り着いて、「OGCにゅうす」の本文を書き始める。少し書き出してから、どうも字の書き具合がよくないので、ワープロ打ちに変更する。
先月号に引き続いて、公開シンポジウム「性同一性障害特例法とクィア」に関わる問題について書く。 書く内容はだいたい決まっているし『部落解放』でもすでにまとまった文章として書いているから、さっさと書きあがるだろうと高をくくっていたら、そうは問屋が卸さなかった。なぜか書き進まなくて、意外と難航した。難航したついでに、 4ページ書こうと思っていたのを2ページだけにしてしまう。これで、振替用紙を入れても80円で済むから、一石二鳥だ。
それなのに仕事効率が悪くて、書きあがりは朝の7時過ぎになってしまった。当初の「予定」では、ホームページにもアップするつもりの原稿だから、 まずワードで書いておいて、それを手書き原稿に書き直して「にゅうす」に載せようと思っていたのだが、とんだ手抜き(?)だ。

12月24日(金)

やっと2学期が終わった。職員会議のあと、終業式。
職員会議の前に慌てて講演会のアンケート集計を印刷して配ったんだけど、これといった反応はなかった。みんな、読んでないのか?やっぱり、少し解説(?)を加えておくんだった。 あれこれ議論がもつれて終了時間が迫っていたから、何も言わずに配っただけだったんだけど。
終業式はいつものように、何ごともなく淡々と終わる。寒い季節だから、早く進めてさっさと終わってくれる方がありがたい。
ただ、お気に入りNo1.のSが来てなかったみたいなのが、気になる(隣のクラス)。彼はこういうときはわりとよく休むから、体調を崩しているわけではないと思うが、最近、とんと顔を見ない。たまには、と思っていたのに残念だ。
うちのクラスにも何人か休んでいたのがいて、このごろずっと休みが続いているから、冬休み中に連絡を取っておかないと。家庭の事情なのか、心理的理由なのか・・・。
担任の生徒で映画関係の仕事に就きたいというのがいて、 学校の就職担当からは「大阪には映画会社はない」と言われ、職安の人からは無理だと言われたそうだが、「一応、聞くだけは聞いとくよ」ということで配給会社のお気に入りくんに尋ねてみたので、その返事を伝える。 忙しいところを丁寧に質問に答えてくれたが、やっぱり、ほとんど募集をしていないらしい(まあ、学力的にも難しいだろうが)。ただ、大阪にも映画の配給や宣伝に関わっている会社があることは、ちゃんと伝えておいてやらないといけないだろう。
式が終わってから、通信制の最後のレポートを印刷したり必要枚数を閉じたりといった作業をする。学年始めよりだいぶ人数は減ってきたけれど、科目数が減るわけではないから、作業はやっぱり時間がかかる。式が早く終わったのに、 作業が済んだらいつもの時間になっていた。まあ、クリスマス・イヴのなんたらをするわけでもないから、いいんだけど。

「OGCにゅうす」を書き始める。きょうは、表紙と裏表紙だけを書いた。
家の上皿天秤で重さを量ったら微妙なところだったから(1グラム未満のオーバー)、郵便局で見てもらう。やっぱり、購読料切れの人(20人少し) に振替用紙を入れると90円になってしまう。ということで、それらの人だけ別にして送るか、みんな80円で済むように薄っぺらな「にゅうす」にするか。書き始めてみれば決まるだろう。

『部落解放』の再校がFAXされてきた。年末進行だと言っていたとおり、少し早めの二校だ。ほとんど直すところもなかったが、一箇所だけ直っていないところを直して、返す。
と、朝方、元の原稿に思い違いがあったことに気づいて、慌てて訂正版を送り直す。 が、焦ってて(?)早朝、番号を間違ってしまった・・・(なんと、25日未明5時半だ)。ごめんなさい。

12月23日(木)

昼ごろ起きてメールのチェックをすると、まさくんからのメールが入っていた。午前中にグループホームの様子を見に行って、いま作業所に向かっているところだという。お腹がすいてきたから一緒にご飯を食べませんか、と言うから、 何時ごろまでに到着したら、お腹は間に合う?とメールする。
ちょうど返事のメールを送り終わったころに、「息子が当事者なんですが・・・」というお母さんから電話がかかってきた。「いままで苦しかっただろうと思うと、申し訳ない」と、 カムアウトするまでの息子さんの気持ちを思いやって、いまは「何かしなければ」ということで、議員たちに働きかけているのだという。たぶん、反差別法みたいなものを制定させたいということなんだろう。
で、いろいろ議員に当たる中で、 論文などを突きつけることができたらもっと説得力をもつだろうと考えて探しているということで、ぼくのところにも心当たりがないだろうか、と連絡をいただいたようだ。とっても熱い想いをたぎらせているようで、ちょっとぼくの目指す方向と違うんだけどな、と思いつつ、お話を聞く。 法的な措置で差別問題が解決するなんて、ぼくはまったく思っていないのだが、たぶん、ぼくの本は読んでいないのだろう(本を出していることは、知ってるみたい)。
探しておられる論文が見つかったら連絡をしましょうということで、きょうのところは電話を終わる。
こんなに母親が熱心で、 子どもとして、かえってしんどくなったりしなければいいんだけど。

シュトーレンを買って作業所に行く。と、作業所がお世話になっている所に出す年賀状を印刷しているところだった。印刷屋に頼んだところ、変な出来上がりになってしまったから、まさくんがやり直しているのだという。たしかに、 「プロ」のやつは、変にムラのある出来損ないだった。彼がコンピュータで作り上げたものの方が、よっぽどいい。
ちょいと息抜きがてら、ご飯を食べに外に出る。食べながら、出来立てほやほやのアンケート集計を見せて、あれこれ話す。 「大変な仕事だと思った」といったお決まりの感想には、ぼくも彼もあまり関心を惹かれない。むしろ、「別にどうも思わん。人を差別してはいけないように、仕事にも差はないから」「もっとキビシイ仕事がある」といったことを書いていたりするのに興味をもつ (前者はお気に入りNo1.Sのではないかと、ぼくはひそかに思ってたりするのだが。内容的にも、筆跡からも)。
食堂への行き帰りの道々、上野千鶴子が「べてるの家」に興味をもちだしていることについて、話に出る。ぼくは 「べてるの家」のことは名前を聞いたことがあるくらいでまったく知らなかったのだが、北海道で先進的な取り組みをしていると言われている精神障害者のための作業所&住居だという(&会社?)。高い評価を得ている反面、 医療機関とのかかわり方とか男中心の運営についての批判もあるらしい。
そこで、そうしたことをどこまでわかったうえで上野千鶴子が採り上げようとしているのか、彼は監視していきたいと言うのだ。ぼくが『アンチ・ヘテロセクシズム』で展開した上野千鶴子批判を読んでいることもあって、 彼としてはなんとなく引っかかるようだ。ぼくは、「べてるの家」のことも上野さんがどんな風に「べてるの家」に関わろうとしているのかも知らないから、いまのところはなんとも言えないが、彼の嗅覚は鋭いから、ぼくも気にかけておこう。
彼が年賀状の印刷を進めている間に、ぼくは車屋に車を取りに行く。帰ってくると、順調に印刷は進んでいる。一方で、彼は住所録からデータを打ち込まなければいけないということで、ぼくが紙を補給したりという単純作業を担当することにする。 裏面の図柄の印刷が終わったところで休憩、びお亭のダージリンを淹れて一緒にシュトーレンを食べる。
シュトーレンというのはキリストが生まれた揺り籠の形を模しているんだそうだが、「キリストがいつ生まれたかなんて、 そんなことはどうでもいいのよね」「そうですよ。利用できるものは利用して」というわけで、一日早いクリスマスを祝って(利用して)、二人でささやかなパーティーを楽しむ。まるまる一本というのはかなり大きいように思ったのだが、 あれこれしゃべりながら、結局、二人で平らげてしまう。
ぼくは風邪の終わりごろ、彼は引き始めということでお互い喉や鼻の状態が良くないのに、喉が嗄れるくらいしゃべり続けた。
作業所を取り巻く状況、作業所メンバーの状態についても話したが、 ぼくたちの微妙で絶妙な関係についてもいろいろ話をした。作業所の状況がもっとしんどかったときは、彼自身もすさんでいたんだという。「そうか。ちょうどいいときに出逢ったのかもしれないね」「そうですよ。いいときに会いましたよ」・・・。 そう言われてみれば、最初に彼を見かけたときより、いまの方が輝いて見えるような気がする(はっきり記憶に残っているわけではないけれど、なんとなくそんな気がする。彼自身もそういう自己認識をしているみたい)。
出逢い一周年記念のパーティー(シュトーレン食べ会)が済んだところで残り十数人の住所入力と住所ラベルの印刷をして、きょうのところは作業終了。車検が終わったばかりのカプッチーノで、マンションまで送る。
きょうも楽しい一日だった。

12月22日(水)

「Jam Films S」試写会。これからはじけるであろう7人の新進監督によるショートフィルム集だ。「Jam Films」第一作で作品を提供した監督たちが、期待を込めて選び出した7人ということらしい。面白いものもあったし、思わせぶりが鼻につくのもあった。 面白かったものだけを挙げる。
ぼくが一番面白いと感じたのは、オーソドックスだけど阿部雄一監督の「すべり台」だ。小学校高学年(6年生くらい?)の女の子と男の子の、淡い「恋」とも言えないようなぎこちないやり取りが、 二人の子役の演技の面白みもあって、納得できる出来栄えに仕上がっていた。最後の最後になって、二人がてんでばらばらに走りだすオチも、(話が)できすぎかもしれないが、面白い。
それから、これもオーソドックスな作りの「ブラウス」 もよかった。実直な洗濯屋(大杉漣)が、いつもいつもブラウスを持ち込む若い奥さん(小雪)にほのかな恋慕の情を抱くおずおずとしたさまが、いい。
ある日突然、特殊スーツを着込むことで人間そのものが最強兵器となって人類の敵と闘うという 「プロジェクトA」に選ばれてしまった青年の戸惑いを、思いっきりコミカルに描く「スーツ」は、藤木直人のカッコよさも手伝って、存分に楽しめた。国民一人一人が知らないところで、どんどん戦争に向かって突き進んでいる昨今ならではの、 ブラックユーモアか。本当は、笑ってる場合じゃないんだが。
笑いと言えば、「New Horizon」も軽い笑いを提供してくれる。外国人の家にベビーシッターとしてやってきた女の子を挟んで、周囲の外国人たちの思い込み、ディスコミュニケーションが面白おかしく描かれる。 これも、次々と天変地異が襲ってきた今年を象徴するかのような、3日間夜が明けないという「異常事態」の下での「夜話」という感じが、面白い。

『部落解放』一月号と、近くのパン屋さんで売っているドイツのクリスマス菓子「シュトーレン」を持って、まさくんの作業所に行く。
ちょうど運悪くor 運良く、(もう一人のスタッフさんの分も含めて)3つに切り分けたところに、 もう一つの作業所のスタッフが顔を出した。「あ、シュトーレン」「ええ?知ってるの?ぼくは最近まで全然知らなかったけど」「知ってますよ」・・・。ケーキの本などに載っているんだそうな。
ちょうどぴったり来た以上は、 彼女にも分けてあげないわけにもいかない。「しょうがないな。あげますよ」と言いながら、まさくんが自分の分を彼女に分けてあげる。彼女は「わたし、食べ物にはタイミング、いいんです」なんてケロッとしている。きょう持って来たのは半分の長さのものだが、 こんなことなら、一本まるまるのを買って来ればよかった。
あす作業所は休みだが、やるべき仕事があって彼は出てくると言うから、「じゃ、またあした、一本買ってくるよ」。
運良くシュトーレンにありついたスタッフが「『部落解放』見せてもらっていいですか と言うから気楽に「いいですよ」と応えたら、まさくんは「ちょっとォ・・。ぼくがまだ見てないのに」とやんわり(?)牽制していた。お、そうか、そうだよねと思い直す。
あす、シュトーレンを持って来ることを約束して、お暇する。

講演アンケートの集計、あと少しのところで学校の時間帯には完成しなかったから、家に持って帰って仕上げる。早速、あしたまさくんに手渡そう。

岩隈くんのこれから。やっと決まったようだ。彼の希望通り、楽天に移籍することになったという。最初からこうしとけば、オリックスも評判を落とさずに済んだのに。
関西からいなくなってしまうのは残念だが、希望通りのチームで活躍してもらいたい。 自分のチームを潰した相手の所になんか、誰だって行きたくない。エースだったからこそ、なおさらだろう。近鉄最後のエース・・・。

12月21日(火)

「オランダの光」試写会。地味だけど美しい映画だ。オランダの画家が残した絵画に特徴的な、「独特の光」について考察したドキュメンタリーだ。
「オランダの光」という言葉を聞くと、素人のぼくでもフェルメールの絵を思い浮かべる。独特の柔らかい光に映し出された静謐な室内・・・。 この映画では、フェルメールはもちろんのこととして、そのほかの画家においても「独特の光」が描かれてきた様を、数々の名画を見つめることによって再検証する。また、気象学的な見地から、どのようにして「独特の光」が生み出されてきたか、 それは失われつつあるのか、昔と変わらず存在するのかといった「論争」を、画家、評論家、研究者、気象学者などなどのインタヴューと実験によって、検討していく。海に近いこと、大きな湖(干拓されつつある)が散在すること、 空気中に水蒸気がたくさん含まれることなどが、「独特の光」を生み出してきたのだろうという。
ぼくなんかが知らない名画が見られるうえに、オランダの美しい風景も見られて楽しい作品だ。が、ちょいと単調というか、 静かに時間が流れていくうちにうとうとしてきてしまうのも事実だ。ぼくの両隣の人は、ぼくより長時間居眠りしていたような気がする。
それでいて、「あ、ちょっと待ってて・・・」と思ってしまうような画面の運びもあって (ある論証が述べられた後は少し考えてみたいのに、すぐに次に進んでしまう)、個人的にDVDでも持っていて自分の時間の流れに合わせて見られたら、もっと興味深いものが発見できるかもしれないと思う(が、いざ、持ったとして、じっくり見るかどうかは、 また、別の話だ。それと色彩が重要な意味を持つ映画だから、よほど色合いのきちんと出る装置で見ないと、真価は発揮できないだろう)。
それにしても、オランダの柔らかい光は、美しい。
御茶屋さんに寄って、煎茶と抹茶を買う。

学校に家のコンピュータを持ち込んで、まさくん講演会のアンケート集計をワープロ打ちする。講演会は11月の中旬だったが、いままで集計を延ばし延ばしにしていたのだ。講演についてのアンケートだから、当然、回答は記述式ということになって、 まとめるのはなかなか大変だろうということで、今まで延ばしていた。
全体をざっと読んでみたうえで、質問項目ごとにめぼしい感想文をそのまま抜き出す形で「まとめ」に入る。昔の手書き式だったらすごく難航したんだろうけれど、コンピュータを使えば、 一人分ずつ見ていって項目ごとにどんどん挿み込んでいけるし、順番を入れ替えて同じような傾向の文章を並べることもできる。便利だ。
きょうのところは、半分くらいまで。学期末の成績処理、通知票などの処理をしながらの並行作業。

12月20日(月)

きょうは「一周年記念日」だ。去年のきょう、まさくんと初めて話をした(「見かけた」のは、もっと前だったけど)。あれから一年が経ったんだ。楽しかったね。
この日を記念してお食事会でもしよう、 昔の有名な蓄音機に囲まれてSPレコードを聴きながらおいしい食事ができるレストランがあるというから、そこなんかいいんじゃない?と思っていたのだが、いくらくらいでいけるか調べる前に「当日」が来てしまった。 予約を一日一組しか取らないというから、高いんじゃないか、財布は大丈夫か、事前チェックをしとかなきゃと思っていたのに。
歳をとると時間の過ぎるのが早く感じられると、よく言われるが、本当だ。そんなことはあまり考えないようにしてきたのだけれど、 確かに、(学校での時間はなかなか過ぎていかないが)一週間前のこともきのうのことも、おんなじような気がしてくることがある。やばい、かも。
「もうすぐだね」とメールを送っておいたが返事が来ないから、まさくんはこういうわざとらしいことには興味がないのかな? と思っていたら、今夜、返事が来た。スタッフを急募しなければいけない状況になってきて、休日もあたふたと仕事に追われることになりそうだから、年が明けてからゆっくりお祝いしましょうと言う。スタッフ急募、て、作業所に何か急変があったのだろうか。 来年度のスタッフを早めに探し始めようということは言っていたけれど、それが早まったのか。
彼の周りではいつも、ゆったり出来ない何かが起きるようだ。ちょっと心配。

きのう、岩隈くんのサインボールをゲットした店には低反発枕も置いてたから、試しに買ってきた。ちょっと高すぎるような気もしたけれど(値段じゃなく、枕の高さ)、一晩寝てみたら、意外と大丈夫そうだった。
うまく行ったら、頚椎の状態も少しはよくなるか?

日本ハムのウィンターギフト非売品パンフレットというのをオークションでゲットしてたんだけど、きょう、郵便局から受け取ってきた。期待した方がバカだったんだろうが、表紙に新庄くんが写ってるだけで(ポスターになってるヤツ)、中身は毎年使いまわしか? という感じのマンネリカタログだ。せっかく新庄くんをキャラクターに起用したんだから、もう少しファン心理を利用したパンフを作ればいいのに。買った人には、新庄グッズをプレゼントするとかね。
きのうの朝に放送された「いつ見ても波乱万丈」という番組は、 新庄くんのスペシャル番組だったらしい。朝だから、当然ぼくは見逃したが、早速ヤフーのオークションで出品してくれた人がいたから、即、ゲットした。どんな具合に映っているか、楽しみ。

12月19日(日)

きのうの夕方、カウンターが「22222」のキリ番になった。「キリ番」と言うより、世間ではぞろ目とか言うのかな?
誰が「22222」だったのか?いちいちカウンターの数字なんか見てないだろうなあ・・・。今回は自分で踏んじゃわないように、 「カウントしない」設定にしておいたつもりだけど、たしかに「22221」と「22222」の両方の数字をぼくは目撃している・・・(汗)。ひょっとして「設定」が生きてないのか?(OPERAには適用されない設定だったりして
それにしても、リブ系のHPで「キリ番」なんつって騒いでるのは、ぼくだけかもね。

ヤフーのオークションで岩隈くんのサインボールをゲットした(また、だけど)。出品者が近くだったので、車で取りに行く。委託販売のお店をしてる人だった。
店内にはオストリッチのバッグなんかも置いてあったけど (高くて手が出ない)、野球選手のグッズがたくさん出ていて興味深かった。知り合いにスポーツカメラマンがいて、その人が選手本人からもらったものばかりだという。
イチローがシーズン最多安打の大リーグ記録を打ち立てたときの記念写真に、 サインを入れてもらったのとか(サインは、仰木監督の殿堂入り祝賀会のときにもらったらしい)。まあ、ぼくはイチローには全然関心ないんだけど、ファンだったら欲しがるだろう。
ぼくが、おお と思ったのは、 野茂英雄のサイン入りスパイク、王貞治のノックバットだ(落合博光の素振りバットもあった)。野茂が日米野球のときに予備に持ってきたスパイクのうちの一足だという(未使用)。ちゃんと、つま先に(控えめに?)サインが入れられている。 野茂はあまりサインとかしない人だと聞いたことがあるような気がするので、たぶん、とっても貴重なグッズなんだろう。
王のバットは、ちょっと持たせてもらったけど、めちゃくちゃ長くて重たかった(サインと、「気力」という文字入り)。と言って、「普通の」 プロ用バットも持ったことのない人だから、正確な比較はできないんだけど。でも、誰がどう見ても、めちゃくちゃ長い。トレーニング用に特注したものなんだろう。これをブンブン振り回して腕の力をつけたのかな?たぶん。
そのほかにも、 いろんな選手(現役、OB)のサイングッズがたくさん並んでいて、見飽きない。ミーハーなぼくにとっても面白いんだから、本当の野球ファンにはたまらないだろう。
「新庄のはないんですか?」「入ってきますよ。いまはないですけど」 ということで、ときどき覗いてみよう。

約束どおり、車を整備工場に持ち込む。「約束どおり」ではあるけれど、岩隈グッズのことで車を走らせている間、「起きてるかなあ?」と心配になって何度か電話をかけてくれていたんだという。ようわかってはる。あいにく、 きょうはちゃんと起きてたましたでぇ。
車検は21日だが、こちらの都合もあるので23日に受け取りに来ることにして、代車に乗って家に帰りつく。

12月18日(土)

一日おとなしくしている。風邪の方はだいぶましになってきた、かな。
が、夜、湯飲み茶碗を割ってしまう。左手に持った湯飲みがもう一つのにぶち当たって、真っ二つになってしまったのだ。湯飲み5客と急須、湯冷ましのセットを1000円だったか500円だったかで、 ヤフーオークションでゲットした朱泥の煎茶セット(常滑焼)だ。上等なのか、そうでないのかよくわからないのだが、朱泥だけあって(とっても硬質)、本当にナイフで割ったように綺麗に割れた。
頚椎ヘルニアが進行してきて、左手の腕力が落ちているのかもしれない。 だとしたら、えらいことだ。気をつけないと。

12月17日(金)

「恍惚」試写会。ぼくが期待したような展開にはならなかったが、面白い。見終わった後に謎が残されたようなもしてくるし、「謎」は観客(=ぼく)の「期待=邪推」にすぎなかったのかもしれないとも思わせる、意味深な終幕だ。
実業家を夫(ジェラール・ドゥパルデュー)にもつ婦人科医カトリーヌ(ファニー・アルダン)の心の迷路が、素晴らしい演技でほのめかされていく。あけすけな展開の話にならないところが、ぼくの期待に沿わないところでもあり、 物語に深みを増す脚本のうまさでもあった。
夫は浮気をしていると疑ったカトリーヌは、売春婦のマルレーヌに頼み込んで、夫を誘惑してもらう。そこで繰り広げられる夫との情事を逐一報告させることで、夫の真の姿を暴いてやろうと思ったのだ。 だが、頼んでおきながら、カトリーヌはマルレーヌ(ナタリーという偽名で夫に接近)からの報告にしどろもどろ。それ以上は聞きたくないとか、夫がそんなはしたないことを言うわけがないとか、とにかく、「お上品な奥様」の固い殻からなかなか出ることができない。 この「聞きたいけど、聞きたくない」という、「逡巡する奥様」の戸惑い振りが見事だ。
まあ、こんなお堅い先生じゃ、診てもらう女性たちも心を開いて自分の症状を相談できないんじゃないの?と思ってしまうくらいに、カトリーヌはお堅い。 それでも、「ナタリー」の報告を聞くうちに次第次第に殻が緩んで来もして、彼女自身が浮気をするというところまで「進歩」したりもするのだが・・・。
ぼくが期待していたのは、団鬼六の小説にもあったような(そこでは、立場は男女逆だが)、 情事のありさまを聞くうちに、シットに狂いながらもメラメラと欲情してしまうという、「内なる淫乱さ」が解き放たれていったら面白いということが一つ。もう一つは、カトリーヌがナタリー(マルレーヌ)に惹かれていって、 レズビアン的な関係に入っていったら面白い、という期待もしていた。じじつ、ナタリーを見つめるカトリーヌの目つきは、かなり怪しい。うっとりとしている。
いつになったら、「本当の自分」に気がついてナタリーとの関係に入っていくのだろうと、 いまか、いまかと心待ちにして見ていたのだが、最後まで、ほのめかしに終始した。が、「結論」を画面として表さないまま観客の想像に委ねるという手法もありだろうから、「本当のところ」はわからない。
最後になって、 ナタリーは「あれは全部嘘だったの。彼は私なんか見向きもしなかった」と白状するのだが、これだって、本当に本当なのかわからない、のかもしれない。そういう点で、ナタリーの「情事」がすべて言葉だけで表現されていくのも、 映像化して見せる作品が多いだけに、節度のある演出というか、観客の想像力を掻き立てる演出というか、うまい。
超豪華なパンフレットには「カトリーヌはナタリーによってセクシュアリティを発見する」という脚本家の言葉が載っているが、 本当に発見できたのか、ぼくにはよくわからなかった。というか、ちょっともどかしい想いをしてしまう。だが、あけすけでないセクシュアリティのあり方、というのもあるんだろうなとも思う。「善良な市民」のセクシュアリティて、こんなものなのかもしれない。

『部落解放』から初稿がFAXされてくる。さすが、年末進行だと言ってたとおり、早い。
そして、2005年1月号の出来上がりも送られてくる。ブッシュ再選について書いた文章だ。この号には、大阪市立大学の教授がマイノリティの投票傾向という視点で書いた文章も載っていて、 別の観点から考え直すことが出来て面白い。
しかも、巻頭のコラムにはTNJのメンバーが性同一性障害特例法について書いている。初稿が上がってきたぼくの原稿もこのことについてのものだったから、偶然の一致に驚く。 来月のぼくの文章を読んだら、なんと言うかな?

予想通り、岩隈くんとオリックス社長との会談は物別れに終わる。あんな情のない対応しかできないチームに入って、頑張ってプレーできるわけがない。ずっと頑張り続けて、途が開けてくるのかどうかぼくにはわからないが、負けないでほしいと思う。
いつ見ても、貧相な顔つきのオリックス社長。

12月16日(木)

きょうは試写会には行かずに、少しでも風邪を治すためにたっぷり寝ることにする。
ところが、起きてきて台所のテーブルを見ると、湯沸しポットの辺りが水浸しだ。どこかに穴でも開いたのかと、水を入れて様子を見てみる。だが、漏れない。 どうも、蓋の付け根の蝶番の所から湯気の冷えたのが漏れ落ちてくるらしい。前から、このポットは蓋を開けたときにポタポタと水が垂れてきて気に入らなかったのだが、とうとう、限界が来たのか。突然の出費だが、慌てて量販電気店に向かう。
前にチェックしに来たときに気に入っていたものを買う。今よりちょっと大きく3リットル入って、内部には備長炭のコーティングがしてある。それより一番のポイントは、蓋の付け根から湯気が冷えて落ちてくる辺りが、ポットの外に水が垂れないように工夫されていることだ。 たくさん並んでいるポットの中でこんな風になっているのはこれだけだったが、設計者は何を考えているのだろう?自分が使ってみれば、すぐに気がつくことなのに。
家に帰り着いて、早速お湯を沸かしてみる、大丈夫。漏れない、垂れない。 お茶の味も、心なしか少しまろやかになったような気がする。イオン整水器にかけた後に活性炭を通しているから、このポットのおかげでそれ以上に味がよくなるわけはなさそうだけど、でも、よくなったような・・・。
よくなった、ということにしておこう。

きょうは1年の通信制国語の再テスト。3年の再テストも重なっているから、ひょっとしてお気に入りNo.1のSも受験するかと期待していたが、どうも、彼は来てなかったようだ。残念。最近、彼の顔を見ていない。

12月15日(水)

電話をかけてから整備工場に車をもって行く。きのうは、車検に出した車がなかなか通らなくて、ずっと車検場のラインをぐるぐる回っていたのだという。
車検のついでに、タイヤ、各種オイル(エンジン、ミッション、デフ)、マフラー取り付けゴムの交換をしてくれるように頼む。 タイヤは1年半も前から「そろそろかな」と言っていたものだ(溝は減ってないが、露天駐車のせいでゴムが劣化している)。これでやっと、安心して乗れる。
車検場が混んでいて、予約は最速でも21日になるというから、 一旦帰って日曜日にもち込むことにする。

オークションでゲットした新庄のフィギュア(人形)が届く(1000体中342番)。1999年のもので、何人かの人気選手の人形が発売されたらしい。定価は19800円(高い )。何度かオークションに出品されても、いつもすぐに値上がりしてしまって手が出なかったのだが、 今回は破格の5100円で終了した(それでも、そんなもん、持っててどうする?という観点から言えば、高いには違いない)。
じつに立派な箱に入っている。開けてみると・・・。似てないじゃん。「似ている」という評判のフィギュアだが、 やっぱり、似てない(ほかのフィギュアに比べたら、似てるか。泣きボクロもついてるし)。でも、そのほかの点からいくと、かなり力が入っている。首、肘、手首、腰、腿の付け根、膝、足首がちゃんと曲がるし、ユニフォームも脱がせられるようになっている。黒のアンダーシャツも着ているし、スライディングパンツと言われる下穿きも穿いている。 スパイクも脱がせられるし、黒のソックスも脱がせられる。すごい・・・
が・・・。ユニフォームがなんともブカブカだ。新庄人形がこんなだらしない着こなしでいいわけがないということで、全部脱がせてしまう。ぼくがちゃんと縫い直してさしあげよう。 脱がせてみたら、自慢の腹筋がちゃんと割れているのを発見。なるほど・・・。足の指も一本ずつ型がつけたあったし、なかなか芸が細かいことを確認して納得。
着せ替えのリカちゃん人形みたいなもん、か?ニンマリ。

もう一つのきょうのオークション戦利品は、大徳寺蔵(?)の中次。かなり細長くて背が高い、珍しい中次だ。塗りはとてもいいようだが、残念ながら、ちょいと割れがある。そのために、真円が崩れているのだろう。蓋と身が擦れてしまう。
これがうまい職人に直されていたら、きっと、す〜〜と蓋が降りてくるのだろうが、残念だ。やっぱり、中次は難しい。ま、安く入手できたからいいんだけど。いつか、腕のいい職人に直してもらいたいものだ。

まさくんに会いに行く。だいぶましになったということで、安心する。土日の「事件」というのは、利用者の一人が失踪したということだったらしい。まあ、ときどき、こんなことが起きるのだろうとは思うけれど、大変だ。
さて、まさくんの見た面白い夢とは・・・。「平野さんが出てきまして・・・」。おお、とうとう出てきましたか。それで?それで?
だが、色っぽい夢ではなかったようで(残念)、インテリっぽい人たち(学者?)が何人かいる場にぼくが加わって、 セクシュアリティ問題について討論しているという夢だったという。公開放送かなにかだったみたいで、わりとぼくが中心的な役割を勤めていたという。並み居る学者連中をビシバシ撃破していたらしいのだ。「それが・・・、どう見ても、今の平野さんじゃなくて、 10年くらい若いんですよ。10年前の平野さんて、知らないはずなんですけど、やっぱり、若いときはもっとバシバシ言ってたのかな?と」。
「いや〜〜、面白いじゃん。最近、そういうお声がかからないけど。お声がかからなくなった理由をこの間見つけたんだけど・・・。 なんだったか、忘れちゃったよ」と大笑い。
色っぽい夢より喜ぶべきか。やっぱり、色っぽい方がよかったか。

12月14日(火)

またまた遅刻だ。試写会。梅田駅から走ったんだけど、間に合わなかった。どうも最近、こんなのが多い。
仕方がないから試写室近くの中古CD屋で散財した後、骨董屋に行ってこの間の火屋香合の支払いを済ませる。また和菓子が食べたくなったから、 千鳥饅頭で黒豆大福を買う。
きょうの時間割は2年の通信制再テストだけで、ぼくがいなくても大丈夫だろうから、家でおとなしく風邪の養生をすることにする。

おとなしく寝る前に車を車検に出しておこうと、前回の車検でお世話になった整備工場に行く。最近、ぼくの家の近くに工場を移したらしいので、案内の葉書を見ながら探してみる。
少し迷った挙句、見つけるには見つけたが、閉まっていた。 やっぱり、電話をかけてから来るべきだったか。一人でやっているから、どこかに出ている間は工場は閉めることになってしまうのだ。
また、あした。

夜になって、まさくんからお待ちかねのメールが届く。土日はソーシャルワーカーとともに走り回っていて、病院には行けなかったらしい。作業所のメンバーに何か事件が起きたんだろう。いつも大変だ。
でも、ゆっくり入浴を繰り返していたらだいぶましになったようで、 一安心した。「面白い夢を見たから聞いてください」ともあったから、楽しみだ。なんだろう?

12月13日(月)

ゆっくり起きて、のんびり朝食を摂る。
出がけに、「親の葬式くらい、おいでよ」と母が声をかけてくる。ぼくが「坊主を呼ばなかったら来てもいいよ。葬儀屋に『無宗教で』て言えば、やってくれるのに」と抵抗してみせると、「そうはイカン」。 父は父で、「お前は座っとるだけでいいから」と言う一方で「最後に挨拶せにゃいかんからな」と支離滅裂なことを言い出す(それじゃ、「座っとるだけ」じゃないじゃん)。「ぼくの代わりに、写真を飾っとけば?」
今回も「話し合い」は物別れだ。早く決着をつけておかないと、「そのとき」が来てしまう・・・。
きのうとは打って変わって晴れていたから、気持ちよく駅まで歩く。JR名古屋駅から近鉄への乗り換えはギリギリちょうど。今度はノンストップの特急に飛び乗った。2時間4分で大阪に到着。

家に着くと、東郷健さんから『ザ・ゲイ』が送られてきていた。おや、珍しい。長いこと送ってこなかったから、縁が切れたのかと思っていたが・・・。
ぱらぱらとめくってみると、文章がない。1ページもののコラムが2つと、 昔の対談(vs.小沢昭一)の再録があるだけで、あとは全編エロ写真(それも、昔の使い回しが多いような)。こりゃ、「原稿を書いてくれ」というメッセージなのかな?と思いつつ、こんな状況のところに原稿書いて大丈夫かな?などと、 考えこんでしまった。
メールのチェックをしてみると、土曜日の夜中からサーバーに溜まっていた物がどどっと押し寄せてきた。44通。ほとんどが迷惑メールだ(&オークション関係)。
『部落解放』の担当からの、 原稿受け取りましたというメールも届いていて、一安心する。
が、まさくんからは何も連絡が入っていない。ひょっとして入院でもしてるのか?と、ちょっと心配になる(重病だった、という可能性もあるが、たとえば、検査入院とかの可能性もあるかも?)。 でも、入院してるとしたらメールを送っても見られないわけだから、きょうのところは何もせずに様子を見ることにする。

12月12日(日)

2時半の近鉄特急で名古屋に向かう。「第12回名古屋ギターコンクール」。
地下鉄の駅に入ってからチケットを見直してみると、本選会は4時半からとある。しまった・・・、遅刻だ。まあ、お目当ての大萩くんがゲスト演奏をするのは6時半か7時くらいになるだろうから、 「目的」を果たすことは出来るけれど、せっかくだったら本選の様子も聴いておいた方が面白いに違いない。そう言えば、去年はちゃんと主催者に時間帯を聞いてから列車を選んでたなあと、今ごろになってから思い出す。手遅れだ。2時半の特急は、 停車駅が多くて時間がかかるのだ。本選開始にはとてもじゃないけど、間に合わない。

会場の伏見コンサートホールに着いて、休憩時間になるまでロビーで待つ。同じように休憩待ちの人が10人くらいいた。ロビーのテレビからは中の様子が流れてきているが、 音がよくないだろうから、ま、いいかと、真剣にテレビを見ることもせず、ぼんやりと過ごす(後で、ちょっと「後悔」)。
一人演奏が終わったところで、急いで中に入る。と、すぐに次の出場者が舞台に出てきて演奏を始めたから、 一番後ろで立って聴く。なかなか、いい。大萩くんと目指すところが同じなのか、ニュアンスに富んだ音色をもっている(もちろん、大萩くんの方がもっと豊かで美しい音をもっているが)。これは上位にいくだろうと、予想する。 (このホールは一番後ろで聴いていてもギターの音が美しく豊かに響いてきて、ギターに向いているようだ。ここを会場に選んだ主催者の選択は正しい)。
この奏者が済んだところで10分間の休憩になったから、空いた席に急ぐ。 運良く前から2列目に座ることが出来た。大萩くん、見つけてくれるかしら?なんて高望みをしてみる。
休憩後は5人目の演奏だったが(本選には6人が選ばれていたから、ぼくは後半の3人が聴けたことになる)、 こりゃ、アカン。音は大きいが、特徴がない。しかも、リズムが崩れるというか、ところどころ破綻する。どうして、これで本選に出てこれたのかわからないくらいだ。
一転して6人目は、すごい。ちょっと難解な(?)曲だが (現代曲っぽい)、鮮やかに弾き進んでいく。そして、難解そうな曲なのに、ちゃんと自己主張をしている(ような気がする)。彼が一位を取るかな、なんて思いながら聴いていた。
結果的には、彼は2位。 4人目のは4位になったが、1位と3位をぼくは聴いてないから、ぼくが聴いた中での順位は、審査結果と一致した。一位はロビーで聴いていた最年少12歳の少年で、テレビから流れていた演奏を聴いた限りでは、 指は正確によく動くが音楽的にはあまり面白くないように思ったんだけど、この子だけはダントツの高得点だったらしい(でも、まだ音楽性が未熟だということで低い点をつけた審査員もいたようだ。同感)。公表された点数一覧によると、 2位から4位はそれぞれ一点差の僅少差だった。ぼくが「ダメじゃん」と思ったのは、ドベ。やっぱりね。

審査結果が出るまでの間の「ゲスト演奏」。待ってました。やっとお目当ての大萩康司くんだ。が、椅子が二つ並べられて、師匠筋に当たる福田進一とのデュオでゲスト演奏は始まった(福田進一は審査委員長でもある)。
演奏前の福田さんのスピーチによると、大萩くんが新幹線を間違えて遅くなったから、本選会の直前に名古屋に到着したのだという(そっか、一緒に東京から来たのね)。去年も、福田は「朝6時に起きて、 新幹線を乗り継いで仙台から駆けつけたばかりで、ヨレヨレでございます」てなことを言ってたし(飛行機で来た方が速いんじゃないの?とぼくは思ったりしたんだが)、やっぱり、売れっ子ギタリストはいつもいつも忙しいんだ・・・。
滑り込みセーフで(?)到着した二人だったが、きのう一回合わせただけだというデュオは、お互い火花が散るような真剣勝負で、手に汗握る思いだ。身を乗り出して聞き惚れてしまった。プログラムにも載ってない曲だったから急遽やることが決まったのか、 曲名は覚えられなかったが、面白い曲だった。
大萩くんのソロは、何度か聴いてきたゲーラの「5つのプレリュード」。いつもの楽器とは違う名古屋のギター製作者加納さん(「名工です」と福田進一)の楽器を使っていたのに、 すでにちゃんと自分の音色を出していたのには感心する。このゲスト演奏のために作られたものだうろと思うのだが(ともに福田進一も同じ楽器を弾いていた)、いつ手渡されたのだろう。名古屋に到着して初めて渡された、 なんてことはないだろうけど、新作ゆえにまだ音が若かったとは言え、すでに「大萩康司の音」を出している。素晴らしい(きっと、もっと枯れてきたら、いい楽器になるだろう)。
福田進一のソロは彼のために書かれた2曲を弾いたのだが、 一曲目はできたてほやほやらしい(中近東風)。二曲目では「インドから来た参加者に手伝ってもらいます」とか言って大萩くんを呼び出し(福田は「弟子の中で一番血が濃い」なんてからかっていたが、偶然、先日の試写会のときに、大萩くんのことを「東南アジア系」 なんて言われたことを思い出して笑ってしまう)、「インド人役」の大萩くんはギターを膝に乗せてパーカッション代わりに共鳴板や側板を楽しそうにタッピングしていた(即興かなあ?ノリノリ)。
それからプログラムにも載せてあったソルの遺作「ロシアの思い出」 を一緒に演奏したあと、大萩くんが一枚目のCDの最後に入れていたビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」をデュエット。この2曲は、二人とも本当に楽しそうに演奏、始めの火花散る真剣勝負とはまた違った表情を見せてくれて、たっぷり堪能した。 二人の共演は、本当に聴き応えがある。
福田進一は「大萩にもしゃべらせます」と言ってマイクを渡しときながら、途中で「いらいらするんですよね」とか言って奪い返してしまったのだが、大萩くんの訥々としたしゃべりの深い味わいが彼には全然わかってないらしい。 大萩ファンは、あの「しゃべり」にもしびれてるのになぁ。
審査結果の発表、表彰の後は記念撮影、お開きという段取りだったが、その前後には福田進一も大萩くんも舞台袖に寄ってきたお客と談笑、立ち話をしていた。去年は下手(左側) にお客がやってきて話し込んでいたので、ぼくも下手に陣取っていたのだが、なんと、今年は上手に客が集まってきた・・・、逆じゃん。
ぼくもミーハーになりきって擦り寄って行きたかったけれど、次々と女の子が大萩くんに話しかけるのを眺めているだけで、 結局、そのまま帰ってきてしまう。やっぱり、まだまだ修行が足りない。

天気予報どおりに、小雨が振り出してきた。地下鉄、JR東海道線、タクシーを乗り継いで家に到着。いつもは早々と寝てしまう親だが、今夜は夜更かしにつき合わせてしまった。別に何を話したというわけでもないんだけど。
父が、コンピュータから落とした年賀状の絵柄が気に食わない、 修正するにはどうしたらいいんだ?と言うから、ぼくはそんなものはいじったことがなかったけれど、ちょっと見てみよう、というわけで、一緒にあーでもない、こーでもないとひねくり回して、なんとか誤魔化しながら別の画像をトリミングしてでっち上げる。 昔は父はこまめに版画を彫っていたのに・・・(その影響で、ぼくも高校くらいまでは版画の年賀状を作っていた)。ま、まだ、手書きで何かメッセージを書き込むことだけは続けているようだが。
母が「決まったよ」と嬉しそうに言ってくるから、 「ああ、葬式の写真か?」。見せてくれたのは、なんと、金婚式の記念にと写真館で撮った写真だった。綺麗に見えるように(?)写真屋が修正したのか、薄化粧をしているのか、二人とも妙に顔色がいい。しかも、ちょっとソフトフォーカスぽくて、 なんか妙な感じだ。ふだんの表情の方がいいのにとは思ったものの、「ああ、真ん中で切り離すのか」とぼくが言うと、「葬儀屋に渡せば、ちゃんとやってくれるがね」と嬉しそうに笑っている。金婚式の写真を葬式に使うと言いながらニコニコしてるなんて・・・。 まあ、いいけど。
見ると、テレビの上には市から配られたという記念の金杯が飾られている。「こんなもん配られたって、嬉しいことない」と不満そうだ。確かに、下らん。「金くれた方が嬉しいのにね。これだって、業者にはずいぶん払っとるはずだよ。 バカバカしい。桐箱だけでも、きっと、2、3千円は取っとるよ。中国製だから、本当は安いのに」などとボロクソにけなしてから、「でも、24Kて書いてあるから、どうせメッキだけど、酒でも入れて呑んだら、金がちょっとづつ体に入って健康にいいのに。 飾っといても、ナンにもならんよ。これで梅酒でも飲んだら?」とフォローしておく。
「夜更かし」と言っても、ここでは何もすることがないから、12時半には寝る。

12月11日(土)

『部落解放』の原稿、なんとか名古屋に出発する前に完成する。と言っても、一日中原稿に向かっていたわけではなくて、だいたいはぼんやりとパソコンの画面を眺めていただけだったのだが。ついついメールやホームページをいじくり回して、 「息抜き」をしてしまう。本腰を入れて仕上げに取りかかったのは、夜に入ってからだ(まあ、そんなもんでしょう)。
11日中に完成したとは言え、担当者に送ったのは夜中の11時。土曜出勤しているかもしれないということだったが、 いまごろ会社にいるわけもなし、家の方で受け取ってくれる、だろう(たぶん)。
しかも、しかも。最近、週末恒例となりつつあるメールサーバーのダウン。よりによって、こんなときにダウンしている。風邪を引いてしまった (&引き続けていた)のも「よりによって」だが、メールサーバーが動かなくなったのは、それ以上の「よりによって」だ。いざというときに役に立たない。
幸い、K-opti.com に変更したことによって新しいアドレス (K-opti.comの)を取得しているから、それを使ってOPERA搭載のメールソフト(M2)から原稿ファイルを送る。
ついでに、と言ってはナンだが、まさくん宛にもM2からお見舞いメールを送ってみた。病院に行ってみると言っていたが、 どうだったんだろう。お見舞いに駆けつけるのが「本筋」だが、よりによって、あしたは大阪にいないのだ。仕方ない。

12月10日(金)

とうとう、待望のボーナスが出る。「また減った」と思っていたら、少しだけ増えていた。もっとも、数年前よりはだいぶ減っている。不景気、公務員に対するバッシング・・・。
まさくんとこに行って、お約束どおり寄付をする。 まあ、ぼくが少しばかりの寄付をしたところで、たいして作業所の運営の足しになるわけでもなかろうが、ぼくとしては節税対策の一環でもあるのだ。これでどれだけの節約になるのか、初めてのことでよくわからないけれど、 くだらん政治家の私腹を肥やすことにしか役立たない税金なんて、少しでも節約しておきたいものだ。
まさくんから寄付による税金控除の仕組みについてちょっと話を聞くが、実際の額については、やってみてのお楽しみか。来年3月が勝負だ。
まあ、そんなことより・・・。まさくんが「きょうは死にそうでしたよ」と言うから、どうしたんだろう、また来所者が発作でも起こしたんだろうかと思って聞いてみると、突然、腰の辺りに激痛が走って、事務室の席から立ち上がれないほどになったのだという。椎間板ヘルニアのようでもないから、たぶん、血行不良だったんでしょうと本人さんは言うのだが、 心配だ。内蔵の病気か何かでなければいいいのだが。
最近、ずっと座りっぱなしのことが多かったし、忙しくてゆっくり湯船に漬かっている時間もないくらいなのがいけないんでしょうと、彼は言う。ぼくみたいに、のんびり半身入浴をしたうえに、 気が向けば洗い場で体操してたりするのとは大違いだ。彼も、もっとゆったり出来るようになったらいいのに。
「ともかく、あした病院に行ってみます」と言う彼を心配しつつ、きょうのところはお暇する。

きょうのテストは1年の国語。作文の題には、体育会系大学生による性暴力事件続発問題、プロ野球改革問題といった時事問題のほかに、恒例の恋愛モノとして「恋人と出会って一周年記念の日、どう過ごす?」というやつを出してみた。
そしたら、やんちゃ坊主4人くらいが乗ってくれて、あれこれ知恵を絞ってくれた。「参考」にさせていただこう。

『部落解放』原稿。よたよたしながらも、なんとか形になりそうだ。あした一日かければ、完成までこぎつけられるだろう。10日締め切りというのには一日遅れるけれど。

12月9日(木)

オークションでゲットした、竹の中次棗《なかつぎなつめ》が届く(凝りもせず・・・)。竹の節と節の間をうまく利用した棗で、手に入った竹の太さに制約されて、普通の中次よりはだいぶ小ぶりだ。
この間到着した山中塗りの中次(お値段は竹の10倍)は合口がゆるかった。きょうの竹のは、少しきつい(が、きつい方が修正の余地はあるかも)。本当にぴったりの出来のものは、先生のところで見たものだけだ。蓋の重みだけで、す〜〜っと、スローモーションのように降りてくる、その精妙さ、美しさ。 庶民には入手不可能な代物なんだろうなあ。

『部落解放』の原稿。書き始めてはみたけれど、うまくいかない。書き始めの「枕」が、いいのが思いつかない。2、3パターン書いてみたけれど・・・。
10日中に上げたいと思っていたが、無理そうだ。風邪は相変わらず治らないし。 12日は名古屋に行っちゃうから、11日には絶対に書き上げないと・・・。

Mozila のブラウザ Firefoxがダウンロードできるというので(フリーソフト)、ダウンロードしてみる。と、日本語版だ(前から日本語版があったのかどうか?)。見たところ、MicrosoftのInternet Explorerによく似ている。が、ちょっと、こっちの方が反応が速い。
本当にInternet Explorerはデザインもださいし、反応も遅いし、セキュリティも穴だらけだし、いいところがない。シェアが90%を切ったというのも当然だ(もっと下がってもいいくらい。潰れてしまえ、ちゅうの)。
もっとも、使い慣れているせいか、やっぱりOPERAの方が高性能で速いと思う(いろんなことが出来て、至れり尽くせり。じつに便利、便利)。デザイン的にもお洒落だ。
ただ、OPERAで作動しないサイトを作ってる勉強不足の管理人がいるので、 Firefoxはサブ・ブラウザとしてキープしておこう(ぼくのHP表紙の、金子さんの絵が左右に動くプログラムだけ、Firefoxでは真っ白になってしまう。どうしたことか?)。

12月8日(水)

先週30日に時間を間違えた試写会に、再挑戦。が、きょうもまた遅刻してしまう。きょうは、時間は間違わなかったけれど、西梅田の駅に着いた時点ですでに開始時間になっていた。なんということだ。諦めてショッピング・・・。
店が開店するまでの間、少し時間をつぶしてから中古CD屋、画廊、骨董店を回る。画廊では金子さんの個展。今回のは、ぼくにはちょっとピントが合わない感じだ。その中でも、売れていた絵はやはり、一番「わかりやすい絵」だった。
骨董店は行くつもりで行ったわけではないけれど、時間が余ったのでちょっと覗いてみた。で、またまた、衝動買い。真鋳製の火屋《ほや》香合を買ってしまう。茶道具だ。いま買っても、それを使えるような家の状態ではないのに・・・。 ちょっと小ぶりでかわいい感じだったので、つい出来心が出てしまった。「衝動買い病」はなかなか治らないようだ(しかも、手持ちの金が足りなくて、取り置き、後日支払い)。

4日に買った豆乳の金平糖を持って、まさくんの作業所に行く。
出てきたまさくんは髪の毛にゆるやかなパーマをかけていて、柔和な感じでとってもかわいい。まさに「少年みたいな女の子に見える男の子」。ますます、 ぼくの理想に近づいてきた。
本当の金平糖は一週間もかけてゆっくり手作りで作るらしいのだが、たぶん、この豆乳金平糖は、そんな高級品ではないだろう(値段的にはけっこう高いのかもしれないが)。 「一度、本物の金平糖を食べてみたいね」「あんまり豆乳の味がしませんね」なんて話しながら、この間のカレーパーティーの感想などをとりとめもなくしゃべくり合う。

きのうから始まった期末テスト。きょうは2年の通信制現代文の試験だ。今回はぼくが問題を作った。と言っても、課題に出している問題集を切り貼りしただけなんだけど(&作文)。
ところが、各教室を回って質問を受けていたら、 問題の間違いを指摘されてしまう。括弧の中に入れる語群の部分だけは切り貼りでなく、ワープロ入力した文字を貼り付けたのだが、入力するときに送り仮名を一つ落としてしまったのだ(これでは、 括弧に入れても文章がつながらない)。慌てて黒板に訂正を書き付ける。
これで、正解する生徒が続出するかと心配したけれど、意外なことに、それでも間違う子は間違っていた。残念、と言うべきか。

12月7日(火)

楽天から送られてきたクリスマスカードの、発送準備をする。案内が届いたのは4日だったが、原稿の直し作業とかで忙しくって、今日になってしまったのだ。
が・・・、「12月24日配達」ということで配達日時の指定をしたつもりだったのに、 そこにチェックを入れ忘れたために配達されてしまった、みたい。直後に、「やっくんが開きました」という通知が送られてきて判明。しまった・・・。
ま、いっか。すぐに見てくれて、嬉しい。

『部落解放』連載の担当者から電話がかかってくる。「年末進行だから、早めに原稿ちょうだいね」という予想通りの電話だった。やっぱりね。
今月は、すでにテーマは決まっている。11月下旬に行われた公開シンポジウム「性同一性障害特例法とクィア」 を受けて、「特例法」の問題点を手懸りに、性同一性障害が世間に受け容れられ易かったのは、それが性別ニ元制の枠内に収まっている事象だからだろうというようなことを書こうと思う。いままでずっと考えていたことだが、 この間のシンポジウムを契機にもう書いてもいいかな?という気になってきたのだ。
「当事者」ではないぼくが、そんな風に突き放して言ってしまっていいのだろうかという「遠慮」みたいなものがあったのだが、 シンポジウムを聞いてみて、パネリストたちも同じようなことを考えているらしいことがわかったから、そろそろ言っておくべきかと思うのだ。
ただ、そのまま書いてしまうとシンポジウムのおいしいところ(?)だけを盗んでいった、 みたいに言われる可能性があるから、十分に注意をしなければいけないかもしれない。

学校に着くと、やっくんから「面白いカードをいただきまして・・・」と言われる。カードそのものもまあまあ面白いのだが(空を走っているソリからサンタが降ってくるのだが、ゴムまりのようにバウンドするので、 うまいこと目的の家に降りられない。屋根から跳ね落ちて、たぶん、死んでしまう?というゲーム感覚のカード)、早々と届いてしまったことも含めての「面白いカード」ということか。
やっくんも「ゲーム」したみたいで、 「なかなかうまくいかなくて、イライラしましたよ」と笑っていた。ぼくより彼の方が、こういうゲームには慣れてると思ったんだけど。

12月6日(月)

高野山研修会のテープ起こし原稿、担当者には朝方送ったのだが、「到着しました」という連絡がないので念のために別の担当にも送る。訂正依頼の文書を読み直してみたら別の担当者の名前が書いてあったので、そっちが「正しい送り先」 だったのかな?と思い直したのだ。
夜になって、最初に送った担当のところにちゃんと届いていたことが、二人目に送った担当からのメールで判明する。まあ、どっちでもいいようなものだが、とにかく無事に届いていてよかった。 これで、一応、締め切りに間に合ったということになるだろう。
「いま読んでいるところです」ということで、たくさんの執筆者からの原稿がいっぺんに集まってくるから、すぐには全部処理できないのだろう。な〜〜んだ。 もっとゆっくりしてればよかった(?)。

12月5日(日)

OGCの例会。だが、参加者は元生徒(彼はノンゲイだが)だけ。二人でいつものような四方山話をして時間をつぶす。
QWRCはスタッフが開けに来てくれるからぼくが遅刻しても大丈夫な代わりに、閉めるのもスタッフがやってくれるから、勝手に帰ってしまうわけにはいかない。 スタッフの到着を待つしかないので、話すことがなくなった後も5時前まではぼんやりしていた。
帰りは彼の車に乗せてもらって、電車代が浮く。

夜中になってから、テープ起こしの直しに本格的に取り掛かる。まあ、始めてみれば、なんとかなるもんだ。
言い足らなかったこと、不正確な部分などを書き足したり書き直したりして、(6日)朝の5時半に一応完成。早速担当者にメールで送る。 こういうときにメールという手段は重宝する。郵便で送っていたら、6日の締め切りにはとても間に合わなかった(一応、、プリントアウトした原稿とフロッピーディスク、返信用封筒を送ってもらっている)。
一万字くらいに、ということだったが、ましな文章にしていたら700字くらいオーバーしてしまった。ページにはまるかな?(一月増刊号の『部落解放』)もっとも、送られてきた原稿からして、200字ほどオーバーしていたんだけど (ワードの字数計算で)。
はみ出すようなら、何か言ってくるだろう。

12月4日(土)

きのう、保健室で「風邪引いちゃったよ」なんて冗談を言っていたら、本当に引いてしまったみたい。きのうは頭痛薬を飲んでもなかなか効かなかったから(最近そういうことが多いけど)、いつもの頭痛じゃなくて風邪かな? と思ったりもしたのだが、そうだったみたい。
それでも、雨の中、京都に行く。茂山千之丞さんの「傘寿記念狂言会」があるからだ。孫の童司くんが「三番三」《さんばそう》を披く《ひらく》 というし、井伊直弼作の茂山家伝来狂言「鬼が宿」が出るし、あきらさんが「木六駄」という大曲をやるし、ということで特別の狂言会になるはずだから、行かないわけにはいかない(千之丞さんは60歳のときに「生前葬」をしているそうだから、 きょうのは「成人式狂言会」でもよかった、かな?童司くんが、ちょうど20歳)。
とは言え、なんと、20分も遅刻をしてしまった。 やっと阪急四条烏丸駅に着いた時間が、開演時間という始末だ。仕方なしにロビーで待つ。
遅刻者にはリンゴジュース入り豆乳と三笠焼きが配られたから、雨に打たれる庭園を眺めながら休憩になるのを待つ。待つ間に来年の「茂山カレンダー」と、 豆乳で作ったという金平糖を買う(珍しい)。
と・・・。ぼくは安い2階席だったことを思い出して、ひょっとしたら2階だったら途中でも潜り込めるかもしれないと、2階に上がってみる。しばらく2階のロビーで様子を見ていたら、「ここなら、 入っていいですよ」と若奥さん(誰の奥さんかなあ?正邦くん?)に声をかけてもらえて、まんまと潜入。ちょうど、童司くんの三番三と茂くんの箱持ちが「舞いらせ候」「まず、直らせ候」とやっているところだった。緊迫感があって、 肌がぞわぞわっとしてしまった。きょうの三番三はいけるかも、と思う(いつもは、途中で居眠りしてしまうのだった)。
三番三は翁の面を着けているから童司くんの飛び切りの美形は拝めなかったが、 凛とした風情で鈴の段を舞い納めていく様はなかなかによかった。
休憩後は千作さんと千三郎さんによる「鬼瓦」、千之丞さんが美声を聞かせる「鬼が宿」と続いて、あきらさんの「木六駄」とプログラムは進んでいった。 どの狂言も見ごたえがあって、盛りだくさんの一日だ。
「鬼瓦」を演じる千作さんの瓢軽な大名はいつ見ても、おかしくもあり物悲しくもあり。井伊直弼作の「鬼が宿」は洒落た構成を持つ佳品だった。ときどき見てみたいものだと思う。 「木六駄」では、雪の中で12頭の牛を追って荷を運ぶ太郎冠者、峠の茶屋でしこたま酒を食らってよたよた歩きをする太郎冠者をあきらさんが熱演した。圧巻だ。
たっぷり楽しんで外に出てくると千之丞さん、千五郎さん、七五三《しめ》 さんが挨拶に立っておられた。出口で「お待たせしまして」と女性に声をかけてもらったが、遅刻したこっちが悪いんだし・・・。
地下鉄駅までの途中に「とらや」に寄って、和菓子を買う。と言っても、主菓子はとっても高いから(一つ390円)、ちょいと安めのお菓子にした。
いつものように、びお亭に寄って夕食(兼朝食兼昼食)を摂る。「きょうのデザートはブラウニーケーキでいいですか?」「アイスクリームもありますけど」なんて、お勧めデザートの綱引き(?)があったりして。満腹。

家に帰り着いて、夏の高野山研修会での講演テープ起こし原稿の直しにとりかかる。先月の25日に送られてきたものだが、締め切りが6日なのでこの週末にやればいいだろうと、一日伸ばしにしてきたのだ。だのに、よりによって、こんなときに風邪を引いてしまうなんて・・・。
テープ起こしの直しというのは、自分がしゃべったことなのになんかやりにくくて、ついつい後回しにしたくなるものだ。しゃべってるときは(少しまずいかな?と思いはするものの)調子に乗ってべらべらやってるから気にならないことも多いのだが、 いざ文字化されてしまうと、まずいところばかりが目立ってうんざりしてしまう(話を聞かされた側はもっとうんざりしていた?)。
風邪を引くとわかっていれば、もっと早めにやっておくんだった。

12月3日(金)

きょうの映画は「ネバーランド」。「ピーターパン」を書いた劇作家ジェイムズ・バリ(ジョニー・デップ)と、その着想の元になった少年との交流を描いた作品だ。ちゃんとイギリス英語を話していたみたいで (たぶん。ジョニーは特訓でもしたのかな?)、全体の色調もあいまって落ち着いた雰囲気を出しながら、重たくもならずに「夢見るお兄さん」を好演していた。
面白かったのは、「大人にならない少年」 のモデルになったのが、妙にませていて世の中を斜に構えて見ているピーター・ルウェリン・デイヴィス少年だったということだ。大人であるジェイムズの方がずっと少年っぽい(このピーター少年が「ひねている」 理由は次第に明らかなってくる)。
偶然この映画でも、妻なる人は「子どもが欲しい。子どもが欲しい」と繰り返す。だが、こっちの夫は子ども嫌いではないのに、子を産むことに関心をもたない。自分の方が子どもっぽいからか。
ジェイムズは自分の妻をほったらかしたままデイヴィス一家とばかり遊んでいるが、それは夫に先立たれたデイヴィス夫人・シルヴィアに妻にはない魅力を感じていることもあるけれど、それより、一家の子どもたちと意気投合してしまったからだ。 ちょっと見に「はすねた感じ」に映るピーターにジェイムズが特別の関心を寄せるのはなぜなんだろうと首をかしげながら見ていたが、後でパンフレットの解説を読んで納得。ピーターは父親を亡くしたときから(母親を守ろうと)大人になってしまった。 ジェイムズは兄を亡くしたときから(母を慰めるために)大人になってしまった。無邪気でいられる時代を、こんな風に早々と打ち切って大人になってしまった者同士、通じ合うのものを感じたのだろう。
「ネヴァーランド」というのは、 そんな悲しみを内に秘めた子どもが、現実の辛さを癒すために心の中にこしらえた「夢の世界」だったのだ・・・、な〜〜んていうような精神分析的講釈は、映画を観ている間は要らない。楽しく見終わった後で、あれこれ考えてみる、 そんな風にこの作品はうまく作られている。
ジェイムズの妻やらシルヴィアの母親といった「大人」たちの夢のない現実主義的言動と、ジェイムズやシルヴィア、その子どもたちの楽しく生きていこうとするエネルギーとが鮮烈に(しかし、 どぎつくなく)対比されて、物語のテーマが補強される。
まあ、そんなことより、ぼくはジョニー・デップの美しさを堪能してニンマリ。フロックコートに飾りボタンのドレスシャツ、カマーヴェスト・蝶ネクタイ姿の盛装ジョニーもカッコいいが、 ラフな感じで子どもたちと遊んでいるときの溌剌とした彼の魅力は、また格別だ(あ、パンフレットによると、ここでは彼はスコットランドのアクセントをマスターしたとある)。
今年は「ピーターパン」が初演されてから、 ちょうど100年だという。

和菓子が無性に食べたくなって、出勤途中、10月下旬にオープンしたダイアモンドシティに初めて入ってみる。阪急百貨店の入っているコーナーに行ってみたが、これといった和菓子は置いてない。仕方がないからJR堺市駅近くの和菓子屋に行く。
季節の生菓子がほしいと思ったのだが、たまたま目に入った「だだちゃ豆」というえんどう豆(?)をあんこに使った餅が面白そうだったので、それを買う。
事務室の人たちと分け合って食べる。あんこが少なめだったのが残念だが、 それでも餅そのものがおいしくて、全体としてなかなか美味。やっぱり、和菓子はいい。

校長から「平野先生、きのうは遠慮の塊で・・・」と言われる。校務分掌選挙での発言のことを指しているのだろうが、人権教育担当を「ご辞退したい」という意志のことなのか、「辞退」の仕方が遠慮がちだったこと (「まずかろう」)を言っているのか、ちょっと判然としなかった。ぼくも問い直さなかったけど。
ぼくは、もっときっぱりと断ってもよかったと思ってるんだけど( 「こんなんで、やってられるか 」とかって)。

12月2日(木)

K-opti.comの IP 電話が開通。受話器を取ってみると「ツー、ツー」と言うだけで、めでたくNTTの電話回線が不通になったようだ。早速、K-opti.comのモデムに電話線をつないでみる。ウン、ウン。繋がってそう。
昨夜まさくんにメールしておいたように、 「試験電話」をかける。忙しいかもしれないから、出てくれなくてもいいよとメールしておいたんだけど、彼の携帯に表示される番号がNTTのに戻っているかどうか確認してもらうのが目的だ。ヤフーの IP 電話では「050」表示になってて受け取った側の調子が狂っちゃうというわけで (相手によっては、受信拒否される可能性だってある)、K-opti.comのはNTTの番号がそのまま継承されるという点が売り。
学校から戻ってきてみると、律儀にも留守電を入れてくれていた(ぼくの方は、 お礼電話はせずじまい)。昼間は、ほかの人からの電話に出てたんだという。ちゃんとNTTの番号に戻っていたということで、NTTからの移行は無事完了(72000円の電話債を払い戻さないと言い張ってるのが気に食わない。 やっぱり、NTTは悪徳業者だ。つぶれてしまえ)。

きょうは、職員会議で来年の校務分掌の「本選挙」があった。よその学校では「教務主任」「生徒指導部長」などと呼ばれているような「主任」クラス(プラス、人権教育の主担者)を、ぼくの学校では選挙で選ぶのだが、11月の中旬に予備選挙をやっておいて、 その上位3人が本選挙の前に所信表明というか、遠慮宣言(事情や希望を説明した上で「別の人に・・・」)をするというシステムになっているのだ。
こういうのは(「権力」が集中しないように)「最長3年」と決めてあって、 今年は人権教育担当を含めて4部門が交替時期になっている。そして、人権教育というのは(3年経ったら)ぼくのところに戻ってくるみたいに思っている人が多いみたいで、先日の予備選挙では(予想通り) 人権教育担当の一位になっていた。
黙っていたら当選してしまうということで、今年は一計を案じて、「この間の講演会のときに、講師と一緒に前に座らせてもらって全体を見てみたら、教員の参加が非常に少なかった。 こういう状態でお引き受けするのはまずかろう」「いろいろな人にやっていただいて、新しい風を吹き込んでもらった方がいい」という2点でもって、「ご辞退」申し上げた。
結果的には、引き受けてもいいと言ってくれた人が現れたこともあって、 そちらに票が流れて事なきを得たのだが、「当選遠慮」が目的というより、たくさんの教員が講演を聞きに来るように激を飛ばしてやろうと企んだのだ。
通じたかな?
教務に関しては予備選挙でまあくんがトップに立っていたのだが、 本選挙の前に彼は、「もっとベテランの人に」というのと「ずっと生徒会の顧問をしていて担任ができなかったから、今の担任を続けたい」という二つの理由を挙げて「遠慮宣言」をした。予備選挙ではぼくも彼に投票した口だが、本選挙では乗り換えた。
もっとも、「ベテランに・・・」なんて思ったわけでは、まったくない。むしろ、ベテランを追い越して有能な人材(彼はまだ三十代前半)が出ることの方が歓迎すべきことだ。だが、そう思う反面、やっぱり彼には出世コースには乗って欲しくないという想いもあった (うちの学校で「教務主任」をやったからといって、出世できるわけではないけれど)。まあ、どうせ彼は、嫌でも管理職への道を進ませられるだろうが、ぼくとしてはそんなことはしないでいて欲しいと思うのだ。 それに、きょうは彼の口から「担任がしたい」という言葉が聞けた。それなら、ということで、投票相手を変更する。
まあまあ、順当なところ(ベテラン)で落ち着く。

4年の総合的学習、2学期最後の日だ。先週に引き続いて「ボーイズ・ドント・クライ」を見る。後半の、悲惨な事件の結末を迎える部分だ。
ぼくは余分な解説とかをまったくしないでそのまま流したのだが、生徒たちはどんな感想をもっただろうか。 呆気に取られて見てたのだろうか?マチズモの暴走を、どう見ただろう。

12月1日(水)

きょうの試写会はなんとか間に合った。地下鉄の駅に着いてチラリと売店に目をやると、きょうも岩隈くんがトップに踊っている(阪神タイガースが交換トレード要員として福原、藤本という看板選手2人を考えているという話題。 岩隈くんにはそれくらいの価値があるとしても、そんなことしたら阪神はダメになっちゃうと思うけどなぁ。ぼくは福原も好きだから、阪神にいてよ)。あっ、と思ってサンスポを買っているうちに、列車が出てしまった。
というわけで、 梅田に着いたのはギリギリの時間。試写室まで走った。
隣に座った知り合いから「最近、姿を見ないけど、どうしてたの?」とまたまた訊かれる。「きょうも危うく遅れるところやったわ。売店で新聞買ってたら電車、出ちゃって」 「梅田に着いてから買えばいいのに」なんてやり取りをしながら、最近のおっかけ話をあれこれ披露する。大萩くんのことは知らなかったみたいだから、いつも持ち歩いているCD「島へ」のプロモート葉書を見せる。「・・・東南アジア系やん」・・・ 「まあね。九州だから・・・」。

作品は「舞台よりすてきな生活」。スランプに陥っている人気劇作家が主人公だが、子役をうまく書くことができなくて筆が進まない。不出来な脚本のために、演出もギクシャクしてしまうし役者もやりにくそうにしている (なぜか、演出家の兄ちゃんはゲイだろうと見てすぐにそう思ったのだが、案の定、そうだった。ぼくは、あんまり「見てわかる」人じゃないのに。オネエしてるわけでも、くねくねしてるわけでも、字幕がオネエ言葉になってるわけでもないのに。 ちょいとだけお洒落っぽいかな?という程度。あとの方で、「優秀な演出家はみんなゲイ」という台詞が出てくる)。
彼の妻は子ども相手にバレエを教えているスリムな美人だが、自分も早く子どもを生みたいと思っている。が、 夫の方は全然興味がないというか、「子ども嫌い」として描かれる。不妊治療にあくせく追いまくられている夫婦を見るような感じもあって(ちょっと状況は違うが)、タイムリー(?)だ。 どうしてそんなに「子ども、子ども」 と言うの?というくらい「子ども」にこだわる妻と、妻に非協力的な夫の偏屈さ。「典型的」だ。
お隣に(離婚後の)シングルマザー&片足に軽い障害をもった女の子が引っ越してきたところから、この偏屈な作家の生活が変わり始める、という、 よくあるパターンの物語ではある。はじめは、隣の子どものことを鬱陶しく思っていたのだが、ままごとをする女の子を盗み見たことから脚本に利用できるかとしれないと観察を続けるうちに、次第次第に偏屈作家の心が解きほぐされていく。 脚本もうまく運ぶようになって・・・。
と、ここまでは、普通の「偏屈親父と純粋な子ども」の出会い物語だが、ちょいと違うのは、この子の母親の「障害をもっている子」に対する偏愛というか、過保護というか、要するに、バカ親ぶりがテーマに躍り出てくる点か。 温かく見守っているような素振りを見せながら、結局は我が子の可能性を摘み取って温室に閉じ込め、いつまでも自分の手元に置いておこうというよくありがちの心配性ママさんと、それに食ってかかる(元)偏屈作家。子どものことなど知らんぷりだった作家が、 あんなにムキになって母親の「甘え」とぶつかろうとするなんて。「子ども嫌い」で子どもと距離をもってきたから、かえって見えてくる物があるのかもしれない。
別れた夫が戻ってきて、女の子を連れて出ていこうとするお隣さんと、 それを見送るしかない作家夫婦。女の子の心は勘違い両親よりこの作家の方に向いているのに、最後は引き裂かれてしまうというのが悲しいが、現実にはよくありそうな結末だ。
まあ、いろいろな意味で面白いテーマを抱えた作品なのだが、なぜか、全体の作りがしっくりいってないような気がする。 どこがどう、ということはわからないのだが。もうちょっと練ってくれていたらよかったのに、てところか??

ヤフーオークションの戦利品、山中塗りの中次棗《なかつぎなつめ》を受け取る。まあまあの(作家物)作品なのだろうが、やっぱり合口の精度はいま一つだ。
というか、お茶の先生のところの時代物中次を知ってしまっているから、どうも満足できない。 ぼくたちが入手できるレベルのものでは高が知れているということだろう。2、30万する物でも、あれほどの中次にはお目にかかったことがない。
もう一つの戦利品、カール・ベーム最晩年のザルツブルグ音楽祭での「ナクソス島のアリアドネ」 CD-Rは期待通り。FM放送からの録音だろうが、いつか正規盤が出るだろうと思っていたのに、結局、20年経ったいまに至るまで出ていないのが不思議だ。

徒然硯